「課長。わたくし、帰ってきましたっ!」

 ようやく千代は、真砂に満面の笑みを向けた。
 ミラ子社長の後ろで眉間に深々と皺を刻んでいた真砂が、じろりと視線を上げる。
 そして素っ気なく、ああ、と返した。

「全く真砂課長は。まぁそのぶっきらぼうさが、またええんやけどな」

 ジュリアナ扇子で口元を隠し、けらけらとミラ子社長は高笑いする。

「課長~。何でそんな格好してるの?」

 深成が、遠慮なく真砂の格好に突っ込んだ。
 確か社長室に呼ばれたときは、スーツだったはずだ。
 当たり前だが。

「ああ、折角宴会やし、真砂課長に舞を披露して貰お思て。いやぁ、別に舞わんでも、この格好だけで十分眼福やけどな。燕尾服も似合ってたけど、やっぱり和服のほうが似合うわぁ。どや、真砂課長。年明けの仕事始めに、全社員の前で新年の舞でも披露せんか?」

「お断りします」

 間髪入れずに真砂が返す。
 こればかりは社長命令であっても、聞く気はないようだ。

 そもそも目上の人であっても、何でも言いなりになるような真砂ではない。
 着替えがギリラインだろう。

「全く。真砂課長はノリが悪いわぁ。それほど和服を着こなせる人も、そうおらんのに。ほれ、清五郎課長みたいに、早々に諦めーや」

 ぱし、とミラ子社長の扇が示す反対側には、これまた袴姿の清五郎。
 こちらは別に嫌な顔はせず、いつもと何ら変わらない。

 着替えたことにも気付かないほど、自然に着こなしている。
 恐ろしいほどの順応力だ。

「久しぶりだな、お千代さん。ご苦労だったな」

 爽やかに言いながら、清五郎が千代に労いの言葉をかける。
 深成の横で、あきが心持ち身を乗り出した。

「ありがとうございます。清五郎課長も、舞を舞ったのですか?」

 艶やかに、千代が応じる。

「いや、真砂がちらっと舞っただけだよ。舞は、やれと言われて、ぱっと出来るもんでもないしな。音も簡単じゃないし。でも着物は着てるだけで落ち着くな」

「まぁ、お年寄りみたいですわ」

「おいおい。着物をなめるなよ。折角日本人なんだから、着物の良さを、もっと知ったほうがいい」

 清五郎と千代が話しているのを、あきが若干目尻を下げつつ見守る。
 深成は、ふ~ん、と二人の話を聞いた後、また真砂に視線を移した。

「課長って、何でも出来るんだねぇ」

 しげしげと、仏頂面で腕組みしている真砂を眺める。

「そんな大したことじゃない。……お前、仕事は終わったのか?」

 ちろ、と真砂が深成を見る。
 深成は口をへの字に下げて、ふるふると首を振った。