---こんなに面白いことになるなら、別に袖の下なんかなくたって協力するのに。うふふふ。あの上様が、『俺の宝』ですって! ちょっと聞いた?---

 意味なく心の中で誰かに語りかけ、空中で手を振る。

---さぁ、本番はこれからよ。どうするのかしら。あの子、酷い状態だったけど、出来るのかしら---

 うきうきと、背中全体を耳にして、あきは背後の気配に集中する。
 しばらくしてから、空気が動いた。

「ったく、酷い状態にされたもんだな。だから痛くて、逃げてたのか」

「すみません……。単も、触れると痛くて……」

「じゃあ、手が当たるなんてとんでもないかな」

 言いつつ、真砂が身体を倒す。
 深成が、やはり少し身をよじって避けた。

「う、上様。上様のお着物が触れると痛いです」

「……じゃあ脱ごう」

 低い声と共に、しゅる、と帯を解く音がする。
 あきは目を剥いて身体を震わせた。

---んまあぁぁぁっ!! な、な、何て? 今上様、何て仰った? 『脱ごう』ですって? 上様自ら肌を晒すっていうの?---

 普通の(?)者なら振り返りたいところだが、当然そんなことは許されない。
 それに、あきは別にその状態を見ないでもいいのだ。

 何なら状況をちゃんと見るよりは、妄想のほうが自分好みに設定出来るので、見ないほうがいいぐらいである。
 その代わり、背中全体を耳にして、物音はもちろん空気までを読もうと努力する。

---凄い凄い!! あの子、幼いふりしてやるわね!!---

 この時代、高貴な人はこういうときでも全裸になることなどしない。
 もちろん着物はそれなりに乱れるが、その程度である。

 まして男は、言ってしまえば上半身に用はない。
 故に、上様の夜着が乱れることは、そうないのだ。
 それを、わざわざ脱ぐという。

 あきが暗闇の中で目を血走らせているうちに(ホラー)、ばさ、と小さく音がした。
 本当に、着物を脱いだらしい。

「これで痛くないだろう?」

 再び真砂の声がする。

「ん……。上様のお身体、あんまり熱くないですね。わらわの熱が、上様に奪われていくみたいです」

「いいことじゃないか。怪我の熱は冷やしたほうがいい」

 言いつつ、真砂は深成を抱き締める。
 深成はそろそろと、真砂の背に手を回した。

「ふふ。上様、大国主神みたいです」

「大国主神?」

「因幡の浜で、大国主神は赤剥けの兎を助けたじゃないですか。上様、赤剥けのわらわを治してくださってますもん」

 腕の中から視線を上げ、深成がにこりと笑う。
 無邪気な笑顔に、裸で抱き合っているというのに、これ以上の行動を起こそうという気が起きない。