「え、あの。……そ、そうですわよね。思ったより子供過ぎましたわね。ええ、確かに湯殿で検めたときに、その辺りもきっちりご報告申し上げるべきでした」

 何の事だかわからなかったが、すぐに千代は、湯殿で身体を検める係りであった己が、きちんと上様の相手が務まる相手かを見極めなかったからご機嫌を損ねられたのだと理解し、緊張を解いた。
 滑らかに言葉を続ける。

「申し訳ありません。上様のお相手も務まらないような者を、そのまま閨に上げてしまったことは、確かにわたくしの落ち度です。すぐに、わたくしがお相手申し上げますから……」

 いそいそと、己の帯に手をかける。
 だが。

「こいつの、この肌は何だ、と聞いている。お前がこいつを洗ったんだろう」

 一層低くなった真砂の声に、千代の手が止まる。
 ゆっくりと視線を真砂に向けると、真砂はうっすら笑みを浮かべた。

「……お前、俺の宝に、傷をつけたな……」

 口角を上げたまま、ゆっくり言った言葉に、空気が凍り付く。
 この上様の笑みは、こうも恐ろしいものか。
 千代はわなわなと震えながら、へたりとその場にへたり込んだ。

「そこへ直れ」

 言いつつ、ゆっくりと、真砂の手が床の間の刀に伸びる。
 千代が小さく首を振りながら、尻でずりずりと後ずさった。
 真砂の指先が、刀に触れようとしたとき。

「駄目っ」

 いきなり甲高い声がし、伸びた真砂の腕に、深成が取り付いた。

「上様に粗相をしたのは、わらわですっ。手討ちにされるところを、この程度で許してくださったんですっ。折角寛大な処置を、あのお方がしてくださったのに、そのお方を上様が罰してはいけません!」

「……この程度、と言えるのか? 泣くほど痛いのだろう」

「そうですけどっ! 手討ちになったら、泣くことも出来ません」

 なるほど、と言うべきか、意味がわからん、と言うべきか。
 どちらにしろ気が削がれ、真砂は、ふぅ、と息をついて、手を下ろした。

「さがれ」

 ひら、と千代に向かって手を振る。
 がば、と平伏し、そそくさと千代は部屋を出て行った。

 千代がさがると同時に、あきも御簾の向こうで背を向けた。
 しばし、時が流れる。

---面白いわっ! なかなかあの子、掘り出し物だわーっ! さすが清五郎様。ふふ、私を抜擢してくれたこと、感謝しなくちゃ---

 背を向けているのを幸い、あきは遠慮なくにやにやと頬を緩ませた。

 実は深成が大奥に到着してすぐに、あきは清五郎に呼び出された。
 基本的に大奥は男子禁制だが、上様の側用人である清五郎ともなれば何とでもなる。

 とにかく、深成を千代に取って代わるぐらいにしてやれ、とのことだった。
 清五郎と何の繋がりもない千代よりも、養子縁組をした深成のほうが、出世の手駒にはなる、というわけだ。
 もちろんそれなりのものは握らされている。