土曜日。
前の日から、あきの頭は他の次元に飛んでいって、執筆どころではない。
正確に言うと、水曜からだ。
またあの真砂に会うと決まった日が近づくにつれて、飛んでいった脳みそは、ますますこっちに帰ってこない。
もちろん筆は遅々として進んでいない状態だ。
ベッドの中で、あきはにやにやしつつ、夢を堪能していた。
[こんな才能のある人を待っていたんだ。君の担当になれたのは、まさに運命だよ]
夢の中で、真砂が爽やかな笑顔で言ったのだ。
だがあきは、ふるふると首を振る。
[駄目よ。だってあたしは作家で、あなたは担当編集者っていう関係だし。作家とのスキャンダルなんて、あなたの経歴に傷がつくわ]
[そんな……。僕の立場など、どうでもいい。ずっと探し求めていたのが君だったんだ。ずっと君のような人を待っていたんだよ]
優しく、真砂の手があきの頬に触れる。
そのまま真砂の顔が近づき……。
ぴろりろ~ん♪
うふうふ、と笑いながらまどろんでいたあきの耳に、携帯の着信音が届く。
しばし夢に戻ろうと目を閉じていたが、徐々に着信音は大きくなる。
もぅ、と思いつつ、通話ボタンを押したらば……。
『お前、俺を待たすとは良い度胸だな』
夢の中と同じ、低い声が流れ込む。
微妙に内容も被っている。
え、夢の続き? それともまさか正夢?
がば、と跳ね起き、あきは携帯を両手で持ち直した。
「え、え? 真砂さん……」
夢の中とは声のトーンが違うが、さっきまでの夢のほうが強烈に残っているため、あきは思わず嬉しそうな声を出した。
だがその途端、携帯が壊れるかと思うほどの怒鳴り声が耳に飛び込んでくる。
『馬鹿野郎が! 何が‘え?’だ! 今何時だと思ってやがる!!』
あきは枕元の目覚まし時計に視線を転じた。
十時半。
「……あ」
『あ、じゃねぇ! 貴様、まさか忘れてたんじゃないだろうな?』
「すっすみません!! あのっ、これ以上お待たせするわけにはいきませんし、あ、あの、直接こちらに来られては……」
焦ったあきは、大胆なことを口走った。
でもこれで、夢にまで見た光景が、ここで繰り広げられる可能性が出てきたわけだ。
何と言っても、若い男女が狭いワンルームで二人っきり……。
鼻血が出そうになるのを堪えていると、真砂が静かに言った。
『……俺がそっちに行っても、いいわけだな?』
「ももも、もちろんっ!! お待ちしてますっ!!」
意味もなく立ち上がり、拳を振り上げて、あきは絶叫した。
あきは知る由もないが、このとき真砂の口元にも笑みが浮かんでいた。
ただしそれは、ぞっとするほどの冷たい笑みであったのだが。
『では住所を言え』
「はいっ!!」
うきうきと、あきは真砂に住所を告げて電話を切った。
そして、急いでシャワーを浴びにバスルームへ。
念入りに身体を洗い、下着も勝負下着をつける。
服はどうしようかしら、あんまり着込んだら脱がしにくいだろうし、と考え、またにやにや笑う。
---ああ、急展開だわ。徐々に、なんて焦れったいことは抜きで、いきなりこんな。行ってもいいかって言ってたし、もしかしてほんとに、あたしのこと運命の人だって感じてたのかしらっ---
ぼーっと空想に浸っていると、不意に玄関チャイムが鳴った。
はた、と我に返り、己の身体に目を落とす。
下着しかつけていない。
「は、はいっ! ちょっと待って……」
慌ててあきは、元々着ていたジャージを被った。
パジャマでもあるので、よれよれである。
なるべく身体は見えないように、扉を細く開ける。
戸のすぐ前に、スーツ姿の真砂が仁王立ちしていた。
「あの、ちょっとまだ用意が出来てなくて……」
照れ臭そうに、可愛く言ってみるが、真砂は何も言わずに扉を掴んだ。
そのまま引き開ける。
そして引っ張られたあきを押しのけつつ、素早く中に入ると、がちゃんと鍵をかけた。
前の日から、あきの頭は他の次元に飛んでいって、執筆どころではない。
正確に言うと、水曜からだ。
またあの真砂に会うと決まった日が近づくにつれて、飛んでいった脳みそは、ますますこっちに帰ってこない。
もちろん筆は遅々として進んでいない状態だ。
ベッドの中で、あきはにやにやしつつ、夢を堪能していた。
[こんな才能のある人を待っていたんだ。君の担当になれたのは、まさに運命だよ]
夢の中で、真砂が爽やかな笑顔で言ったのだ。
だがあきは、ふるふると首を振る。
[駄目よ。だってあたしは作家で、あなたは担当編集者っていう関係だし。作家とのスキャンダルなんて、あなたの経歴に傷がつくわ]
[そんな……。僕の立場など、どうでもいい。ずっと探し求めていたのが君だったんだ。ずっと君のような人を待っていたんだよ]
優しく、真砂の手があきの頬に触れる。
そのまま真砂の顔が近づき……。
ぴろりろ~ん♪
うふうふ、と笑いながらまどろんでいたあきの耳に、携帯の着信音が届く。
しばし夢に戻ろうと目を閉じていたが、徐々に着信音は大きくなる。
もぅ、と思いつつ、通話ボタンを押したらば……。
『お前、俺を待たすとは良い度胸だな』
夢の中と同じ、低い声が流れ込む。
微妙に内容も被っている。
え、夢の続き? それともまさか正夢?
がば、と跳ね起き、あきは携帯を両手で持ち直した。
「え、え? 真砂さん……」
夢の中とは声のトーンが違うが、さっきまでの夢のほうが強烈に残っているため、あきは思わず嬉しそうな声を出した。
だがその途端、携帯が壊れるかと思うほどの怒鳴り声が耳に飛び込んでくる。
『馬鹿野郎が! 何が‘え?’だ! 今何時だと思ってやがる!!』
あきは枕元の目覚まし時計に視線を転じた。
十時半。
「……あ」
『あ、じゃねぇ! 貴様、まさか忘れてたんじゃないだろうな?』
「すっすみません!! あのっ、これ以上お待たせするわけにはいきませんし、あ、あの、直接こちらに来られては……」
焦ったあきは、大胆なことを口走った。
でもこれで、夢にまで見た光景が、ここで繰り広げられる可能性が出てきたわけだ。
何と言っても、若い男女が狭いワンルームで二人っきり……。
鼻血が出そうになるのを堪えていると、真砂が静かに言った。
『……俺がそっちに行っても、いいわけだな?』
「ももも、もちろんっ!! お待ちしてますっ!!」
意味もなく立ち上がり、拳を振り上げて、あきは絶叫した。
あきは知る由もないが、このとき真砂の口元にも笑みが浮かんでいた。
ただしそれは、ぞっとするほどの冷たい笑みであったのだが。
『では住所を言え』
「はいっ!!」
うきうきと、あきは真砂に住所を告げて電話を切った。
そして、急いでシャワーを浴びにバスルームへ。
念入りに身体を洗い、下着も勝負下着をつける。
服はどうしようかしら、あんまり着込んだら脱がしにくいだろうし、と考え、またにやにや笑う。
---ああ、急展開だわ。徐々に、なんて焦れったいことは抜きで、いきなりこんな。行ってもいいかって言ってたし、もしかしてほんとに、あたしのこと運命の人だって感じてたのかしらっ---
ぼーっと空想に浸っていると、不意に玄関チャイムが鳴った。
はた、と我に返り、己の身体に目を落とす。
下着しかつけていない。
「は、はいっ! ちょっと待って……」
慌ててあきは、元々着ていたジャージを被った。
パジャマでもあるので、よれよれである。
なるべく身体は見えないように、扉を細く開ける。
戸のすぐ前に、スーツ姿の真砂が仁王立ちしていた。
「あの、ちょっとまだ用意が出来てなくて……」
照れ臭そうに、可愛く言ってみるが、真砂は何も言わずに扉を掴んだ。
そのまま引き開ける。
そして引っ張られたあきを押しのけつつ、素早く中に入ると、がちゃんと鍵をかけた。