「だって……。わ、わらわがお家にいるときに、誰か女の人が来たりしない?」

「はぁ?」

 思いっきり眉間に皺を寄せて、真砂が深成を見る。
 深成はすかさず、棚の上にあった漫画を、ずいっと真砂に突き付けた。

 漫画のタイトルは『ドキドキ☆大人カレシとの恋』。
 ちなみにサブタイトルは『同い年なんかじゃ味わえない! 大人が教えるちょっと危険なラブ☆レッスン』。
 真砂の目が胡乱になった。

「こっこれに描いてあるんだもんっ。あのね、この主人公が、大人カレシのお家に遊びに行くとね、そこに、知らない大人な女の人が来て、我が物顔で料理とかし出すの。帰ってきたカレシもさ、主人公のこと、妹だとか言って。女の人と目の前でべたべたしたりするんだもん〜」

「……それはそれは、お盛んなことで。ていうか、お前、そんな本読んでんのか」

「違うもん〜。わらわが先生のこと、お友達に話してたら、貸してくれたの。似たようなシチュエーションだって」

「どこが。表紙の時点で違うだろ。『カレシ』の意味わかってるか?」

「そうじゃなくてっ! 大人の人と付き合ったら、こういうことが起こり得るっていうシュミレーションだよっ」

「ほぉほぉ。で、俺の家の鍵をゲットしたから、次はそういう修羅場に出くわす可能性がある、と思ったわけか」

 こっくりと、大きく深成が頷く。
 は、と真砂は、馬鹿にしたように息をついた。

「漫画の読み過ぎだ。そういうことは、お前自身がもっと大人になってから心配するんだな」

「わらわはともかく、先生は大人じゃんっ。お、女の人が先生ん家に来たりすることも、あるんじゃないの?」

「ねぇよ」

 嫌そうに眉を顰めて、真砂が言う。
 その心底嫌そうな表情に、深成は思わず鍵を返そうかと差し出した。
 が、それを真砂は押し返す。

「彼女はいないと言っただろう。鍵を持ってるのはお前だけだ。それ以外で入ってくるとしたら、泥棒だな」

 つん、とそっぽを向いて言う真砂を、深成は、じ、と見た。
 そして、手の中の鍵に視線を落とす。

「か、鍵を貰えるのって、彼女だけじゃないの……?」

 再びおずおずと聞いてみる。
 真砂はケーキを食べ終えると、荷物をまとめた。

「それも漫画に描いてあったのか」

 またも、こっくりと深成が頷く。
 真砂はちょっと眉間に皺を刻んで、額に手を当てた。

「……全く、経験もないくせに、変な情報ばっか入れるんじゃねぇよ」

 ぼそ、と言うと、鞄を持って立ち上がる。
 急いで深成は、紙袋にクッキーの箱を入れて、後に続いた。