そして運命の二月十四日。
 真砂が来るまで、深成は台所で格闘していた。

 午後八時に、玄関チャイムが鳴る。

「いらっしゃ〜い」

 慌てて出迎えた深成に、真砂は胡乱な目になった。

「何だ、その格好は」

 チョコと粉まみれの深成を見、眉間に皺を刻む。

「まさかそのまま頭にリボンをつける気じゃないだろうな」

 ん? と一瞬首を傾げた深成だが、すぐに赤くなって、ばこんと真砂の胸を叩く。
 いくら鈍感な深成でも、そういうベタなシチュエーションはわかるようだ。

「そ、そんなこと、するわけないでしょっ。すぐ用意して行くから、お部屋で待ってて」

 そそくさと奥に引っ込み、深成はいそいそと、熱していたオーブンに何やらセットする。
 そして手早く着替えると、部屋に向かった。


 その日の勉強は、順調に終わった。

「ふむ。結構出来るようになったな。来年度はこのまま続けるのか?」

「えっと。わらわはこのまま、先生に教わりたいなぁ」

「別に中学受験するわけでもないんだろう? だったら一旦辞めて、また中二ぐらいから始めてもいいんじゃないか? そんなに落ちこぼれなわけでもないしな」

「二年も開くなんてやだ。どんどん先生が大人になっちゃう」

「……別にずっと一緒にいたって、歳の差が縮まるわけでもあるまい」

「そうだけどっ! そんなことしてたら、先生結婚しちゃうかもじゃん」

「するかよ。二年経っても、まだ学生だ」

 深成からしたら、成人している大学生、というだけで、相当な大人なのだ。
 まだまだ子供の自覚のある深成は、不安でしょうがない。

 とはいえ、まさか今のままですぐに真砂の恋人になれるとも思わないのだが。
 とにかく今出来ることをするのだ、と思い、深成は、がばっと立ち上がった。

「先生。バレンタインの、持ってくるから待っててね!」

 てててて、と急いで台所に駆け込むと、深成はオーブンを覗き込んだ。
 ほわ、といい匂いが広がる。
 嬉しそうにくんかくんかと、しばし鼻を動かし、深成はおもむろに鉄板を引き出した。

「えへ。美味しそう〜。上手く出来たじゃんっ」

 満足そうに呟くと、美味しそうに膨らんだスフレケーキをお盆に載せて、いそいそと部屋に戻った。

「じゃじゃ〜ん!! 見て見て! 頑張ったでしょっ?」

 真砂の前にお盆を置き、深成は、はい、とスプーンを渡す。
 少し真砂が、感心したように目を見張った。