「じゃあ、私たちは部活に戻るわね。行くわよ、デューク」

「そうだね。またね、月子ちゃん、乙葉ちゃん」

ニッコリ微笑まれた。

夕日に負けないくらいの輝きを持った笑顔だった。


二人の姿が見えなくなったところで、

「…僕、部活、戻る」

そう言って北斗先輩は再び眼鏡をかけた。

少し、勿体ないような気がした。眼鏡をかけると別人のように地味になってしまうのだ。妖艶で大人な雰囲気も、牛乳瓶の底のようなレンズの奥にすっぽりと隠れてしまうらしい。

北斗先輩がこんなにも地味な眼鏡をかける理由が分かった。普通の眼鏡じゃ、まして黒ぶち眼鏡じゃ、失神者が続出してしまうだろう。

「じゃあ、私も戻りますー」

そう言って、すっかり正気に戻った乙葉も、北斗先輩と共に帰って行った。

美術部は近々大事なコンクールがあるらしく、それに出品する絵を仕上げてるとのこと。二人とも部長とエースなので、顧問の先生からも大いに期待されているんだとか。そんな時なのにサボっていいのかと突っ込みたい。

私もそろそろ次の演奏会に向けて練習しなくては。

ルナ・プリンシアホールでの演奏会の前に、幾つか演奏会がある。毎月のように演奏会があるのだ。先輩は超売れっ子のソプラノ歌手だ。

幾つも幾つもある演奏会だけれど、その一つ一つを大事にしていきたい。どれも、手を抜きたくない。先輩が全力で歌うように、私も全力で弾きたい。

あぁ、どうしようもなくピアノが弾きたくなった。

家に帰ったら早速弾こう、と足を一歩前に踏み出した瞬間、思い出した、大事な、大事な用事。

これを忘れるわけにはいかない。


「買い物、しなくちゃ!」

おばあちゃんからのお使い。

今日の晩御飯の食材たち。

急いで買って帰らなくては、おばあちゃんに怒られるばかりか、ご飯がない。


私は昇降口へと走った。

廊下は人通りがなく、ひたすらに走る私を夕日が照らす。


あぁ、私ってどうしてこんなにも走るのだろう。文化系帰宅部だというのに。


そんな途方もない疑問を胸に抱きながら。