「…けれど…遠い。…僕、声、届く、できない…困る」

困る、の言葉に北斗先輩の思いが見えたような気がした。表情からは分からないけれど、本当に困っているらしい。

何か手助けができるといいのだけれど…頭脳指数の低い頭をフル回転させて解答を導き出そうとするけれど、案の定なかなか見つからない。


「だったらー、叫んでみたらどうですかー? ほらー、今休憩に入ったみたいですしー」

乙葉はフワリと頭の上の淡い桜色のリボンを揺らしながら微笑んだ。今日はシフォン素材のリボンのようで、風に揺れてなんとも愛らしい。

弓道場の方を見ると、確かに堅苦しい空気感は幾分穏やかになっている。

それに顧問の先生による人払いも始まって、人集りは段々小さくなっている。

確かに今叫べば、きっと声は届くと思うけれど、こんな人が大勢いる中で実行するためには、かなりの勇気がいる。

先輩はどうするのだろう。やはり断るのだろうか。北斗先輩が叫ぶ、なんて想像つかない。こんなにも大人しそうな方なのに。



けれど先輩は少し考えた後、


「……それは、良い、考え」


そう言ってスッと眼鏡を外した。


「え…」


思わず声が漏れる。

乙葉も口に手を当て、目を見開いている。

両者とも驚きのためだ。

それは、先輩が乙葉の案を呑んだこともそうだが、それ以上に、先輩の素顔に、だ。

想定外、否、想定もしなかった。こんなことが、こんな小説のような、少女漫画のような話が現実にあるなんて、夢にも思わないだろう。



先輩の、重たくダサダサな眼鏡の下に現れたのは、


「…叫ぶ、挑戦、する」


涼しげな目元に、恐ろしいほど美しく魅惑的なダークチェリーの紅い瞳だった。