「君のその気持ちは、きっと一過性のものだよ」

「そんなこと──!」

「それに、この間も言ったけど俺には好きな人がいるから」



穏やかな声色でそう告げると同時にエレベーターは一階に着き、ドアが開いた。

悲しさを滲ませる瞳から目を逸らして俺が先に降り、無数の雨粒が落ちてくる灰色の空を見上げる。


すると、「椎名さん!」と呼んだ彼女が駆け寄り、背後から俺に飛びついてきた。

その衝撃に驚きつつ、首を捻って彼女を見やると、きっと精一杯であろう力で俺を抱きしめている。



「九条さん、離し──」

「私は本当に椎名さんのことが好きなんです!」



ぎゅっと、身体に回された腕に力が込められる。



「好きな人がいることはもちろんわかってます。それでも諦められないくらい、私はあなたのことが……!」



声を震わせて叫ぶように言う彼女の腕を、そっと離して向き合った。

瞳を潤ませる彼女に胸が痛むが、はっきり「ごめん」と伝える。



「君の気持ちは素直に嬉しいよ、ありがとう。でも俺も君と同じで、彼女のことを諦める気はないんだ。……本当にすまない」



今にも泣き出しそうな九条さんに罪悪感が沸き上がるが、俺の気持ちは変わらない。



「ここまででいいよ。ありがとう」



胸の前で傘を握りしめる彼女に薄く微笑み掛けると、俺は雨の中を走り出した。

ごめんな、九条さん。

でも俺達の気持ちは、この先も交わることはないんだよ。