その声の主は、やはり九条さん。

俺に駆け寄る彼女に微笑みかけると、彼女も笑顔で軽く会釈した。



「こんにちは。もうお帰りですか?」

「そう、本社にね」

「傘持ってます? 急に降ってきたから」

「いや、持ってないけど駐車場近いから大丈夫だよ」



そう言うと、九条さんは何やら持っていたバッグの中を漁り出す。

そして取り出したものは、上品な小花柄の折り畳み傘。



「どうぞ、使ってください」

「あぁいいよ、走ればすぐだし。ないと九条さんも困るだろ」

「じゃあ駐車場まで送らせてください!」



ずいっと接近して俺の腕を掴み、上目遣いで見上げる彼女の目力に圧倒され、これ以上断るのもなんだか気が引けてくる。

結局頷いてしまった俺は、彼女と一緒にエレベーターに乗り込んだ。



「……ごめんなさい、図々しくて」



俺の隣に寄り添うように立つ九条さんが、バツが悪そうに肩をすくめて言う。



「でも私、どんな理由をつけてでも椎名さんと一緒にいたいんです」



二人きりの静かな箱の中に、緊張が入り混じる彼女の声が響く。

これは、はっきり言っておかなければいけないな。



「……俺は、仕事の相談なら前みたいに乗るけど、それ意外のことは応えられないよ」

「“椎名さんが好き”っていう、私の気持ちにも……ですか?」



彼女を見やると、眉を下げて祈るように俺を見つめる瞳とぶつかった。