いつの間にか、専務の顔からは冷笑が消えていた。



「どんな雑務をこなすのも、部下を守るのも俺の役目です。そこにはメンツなんて関係ない。俺に出来ることをするだけですから」



自分の仕事にプライドは持っていても、くだらないメンツは必要ない。そう思っている。

俺が言い切ると、専務はまた目を伏せて言った。



「あなたのような人を“理想の上司”と言うんでしょうね……。綺麗事ばかりで、僕の嫌いなタイプだ」



言っていることはきついが、口調はどこか力無く、いつものような威圧感はなかった。

顔を上げた専務は表情を引き締め、脱線してしまっていたパーティーの話に戻す。



「ランチの件は了承しました。特別に休業ということで、社員に伝えておきます。その分、パーティーは期待していますよ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」



深く頭を下げ、話がまとまったところで腰を上げる。

そして部屋を出ようとドアに手を掛けた時、「椎名さん」と呼び止められた。

振り返ると、デスクに書類を置き、俺に背を向けたままの専務がいる。



「はい?」

「……あなたが春井さんを想う気持ちは、絶対に揺らがないですか?」



突然のそんな質問に少し困惑しつつも、出すのは簡単な答えを彼の背中に投げ掛ける。



「えぇ。何があっても変わらない自信だけはありますよ」

「……そうですか」



浅く頷き、そう呟いた彼の真意はやはり読めない。

だが、その背中は少しだけ小さく見える気がした。