「それは、上司なら当然のことでは……」

「中にはそう思わない人もいます。実際前任のマネージャーさんは、何か相談がある時もチーフに任せっきりで、僕のもとへ直談判しに来たことなど一度もなかった。面倒だったのか、僕に噛み付くのを恐れたのかはわかりませんが。
自分には不利益なことを、部下に押し付けようとする人は世の中にたくさんいるんですよ」



最後の一文を、ガラスのテーブルに視線を落とし、苦々しそうに言った専務。

そんな彼を見て、ふと思った。

もしかしたら、“不利益なことを押し付けられた部下”というのは、彼自身のことなのではないかと。


九条さんから聞いた、専務と社長との確執を思い出していると、顔を上げた彼は不敵な笑みを浮かべて言う。



「あなたがその嫌な役目を負うのには、個人的な感情が関わっているように、僕には思えるんですが。──春井さんに対する特別な感情が、ね」



そこまで聞いて、ようやく専務が言わんとする意味を理解した。

彼は気付いたのだ、俺が春井さんを庇ってあげようとしていることに。



「どうですか? 椎名さん」



何もかも見透かすような漆黒の瞳に見据えられ、ドクンと心臓が波打つ。

彼には隠し事は通用しないだろう。腹を割って話すか。



「……おっしゃる通り、まったく私情を挟んでいないと言ったら嘘になります」



春井さんを守ってやりたい。

彼女が嫌な思いをするなら、俺が代わってやりたいという想いは確実にある。けれど。



「ですが、それより重要なのは、これが俺の仕事だってことです」