恋と近藤たちは文久3年2月16日(1863年
4月3日)に江戸を出発 他の浪士たちと合流し江戸を目指した。しかしそこで問題が起きてしまった。近藤が宿を取る役割をしていたのだが手違いで水戸郷土出身の芹沢鴨という人の宿を取り忘れてしまったのだ。怒った芹沢は野宿するには寒いという理由で宿場町の民家を焼いてしまった。