あたしの腕をそっと外して、あたしから距離をとる。
「さ、くや……くん?」
……え?
あたし……何かした?
「何…で?」
咲哉君の顔は、さっきみたいに笑っていない。
チビと同じ、冷たい顔。
冷たい目。
あたしを拒絶する視線。
「莉々香…そうやって人を簡単に好きだなんて言うな」
咲哉君?
「何で…?あたし、咲哉君の事、好きだよ…?」
いつものように、笑おうとする。
でも、笑えない。
顔が引きつるのが自分でも分かる。
「だから、そういうのはやめろ」
咲哉君?
「何で…?何でみんなそうやってあたしから離れていくの?」
もう、限界だった。
今まで隠してきた思いが涙とともにあふれる。
「
咲哉君も?
あたし…冗談で好きなんて言ってない!
初めてだった!
初めて一緒にいるだけで満たされたの!!
今までは抱きしめてもらっても、愛してるって言われても、ヤッても、寂しかった。
ただ、空しいだけだった!
なのに…何で?
何で咲哉君もあたしを拒絶するの?
何であたしはいつも一人ぼっちなの?
何で…?
あたしは誰なの?何で誰も愛してくれないの?
何であたしは莉々香なの?
なんで誰もあたしを本当に必要としてくれないの?
あたしは…あたしは、どうすればいいの?どうすれば幸せになれるの?
あたしは…一生幸せになれないの?
それとも……誰にとってもあたしはいらない子?
」
この言葉を吐いたら、あたしは自分を本当に失う気がした。
でも、止められなかった。
咲哉君の歪められた顔を見ながら言う。
いつもの笑顔で笑いながら。
泣きながら、今までで一番うまく笑えた気がした。
「あたしは……死ねばいいの?」
「莉々香…?」
「咲哉君…?咲哉君には、あたし、本当に好きだなって思えた。初めての感情だったから」
でも、咲哉君がそのつもりなら…もういい。
「咲哉君にもう迷惑かけないから」
そして、屋上から逃げるように走り去った。
「莉々香……」
あたしを呼び止めた、悲しい声を無視して。
咲哉side*
「莉々香……」
俺の声が、誰もいない屋上に響く。
俺は……莉々香に何を言った?
最初は、ただ莉々香が俺を聖龍の奴らに近づくために利用しているのか確かめたかっただけだった。
でも莉々香は本当に俺を見てて…。
あんな切なげな顔をされるとは思ってなかった。
で、俺は抱き着かれて。
そこでやめておけばよかったのに。
小さく聞こえた莉々香の「好き」という言葉。
莉々香の噂はよく聞く。
「好き」や「愛してる」という言葉を俺なんかに言うから、普段も使ってるなんて勘違いして、ただ何だか腹が立って…。
俺は、最低な言葉を口にした。
その時の莉々香の顔が忘れられない。
泣きそうなのに、笑っている顔。
いつも笑っていた莉々香。
俺は、あの時、莉々香の笑顔は全て偽物だとやっと気づかされた。
綺麗な顔なのに、歪んだ顔。
とても儚くて…消えてしまいそうだった。
そして、莉々香は泣きながら語る。
莉々香…。
俺は、そんな莉々香を抱きしめることも何もできなかった。
俺は、やっと分かった。
莉々香を助けるのは俺じゃないって。
莉々香から遠ざけてた…聖龍の奴らなら必ず莉々香を助けるって。
俺では、ダメなんだ。
莉々香にあんなことを言わせてしまった俺では。
あいつらなら、絶対そんなことは無い。
莉々香が「死ねばいいの?」なんて言う事はない。
あんな笑顔…二度と作らなくていい。
あんな綺麗な泣き顔なんて、笑った顔なんて必要ない。
涙が光っていつも以上に綺麗で、可愛くて、可憐で…。
俺は、どうしようもない思いをもてあまし、地面に座り込んんだ。
「……クソッ。何で…俺に…好きなんて言うんだよ…。何で…俺は…。」
俺の叫びは…この大きな空に吸い込まれていった。
咲哉side end*
屋上から去った後…廊下を走り去っているとき、多分クラスメイトの男達に声をかけられた。
「あれ!?莉々香ちゃぁーん??」
足を止め、声をかけられた方へと振り返る。
「って莉々香ちゃぁん!?泣いてんの?」
……もう、こいつらでいいや。
「も、あたし…ヤダぁー」
誰かの腕の中に飛び込む。
すると戸惑いながらも受け止めてくれて、ギューって抱きしめてくれる。
咲哉君とは違う臭い。
あたしの嫌いな、臭い。
咲哉君はほんのりとタバコの匂いがしたけど…こいつは、香水の臭いが半端ない。
でも、もう誰でもいいや。
この苦しみを一瞬でも忘れられたら。
「……ねぇ?あたしと遊んでくれる?あたしを…慰めてくれる?」
今は休み時間なんだろう。
周りをたくさんの人が通っている。
もちろん、その中にもあたしの事を知っている人はたくさんいる。
「あれ、莉々香…って子だっけ?」「え?むっちゃ可愛くね?」「転校してきたってマジかよ!」「おーーい!あのD*Aがいるぞ!!」
だんだん騒がしくなってくる廊下。
あたしは男の胸から離れ、袖口を軽く引っ張ってまた笑顔を見せる。
男たち4人は顔を見合わせて…。
「じゃ、莉々香ちゃぁーん?行こうか?」
そう言って上機嫌で肩を抱いて来た。
そしてそのままその場を去ろうとしたとき…。
騒がしかった廊下が、一瞬にして静かになった。
……え?
そして、あたしたちの周りに群がっていた人々が一斉に道を作った。
そこから現れた人たちは___。
赤に染まった、聖龍だった。
聖龍はあたしたちの目の前で止まる。
「……莉々香ちゃん」
そして、あたしの携帯を奪ったままのチビがあたしに話しかけてきた。
こいつは、あたしにとっては恐怖でしかない。
もう顔なんて見たくもなかったのに……。
「…ねぇ?早くいこ?」
あたしの肩を抱いている男に目を合わせ、ここから動くように目配せをする。
早くして。
早く忘れさせて。
「…あ、あぁ」
そして、ここから直ぐに去るはずだった。
「…おい。お前ら?待てよ」
でも、それは出来なかった。
後ろからあたしは誰かに腕をつかまれたから。
慌てて男はあたしの肩を離し、あたしは後ろを振り返る。
…もう、いい加減にしてよ。
あたしは、今でも泣きそうなのに。
必死で涙止めてるのに。
でも、それを悟られないように無理矢理泣き顔で笑顔を作る。
「ちょっとぉー?痛いんだけど?」
あたしの腕をつかんでいる…爽やかくんに向かって言う。
あたしより背が高いからもちろん上目使い。
「ねぇ?何でこんなことしてるの?」
……は?
こいつは、あたしの手を離さずに意外なことを聞いてきた。
何でいきなりあんたなんかに言われなきゃいけないのよ。
「えぇ?何のことぉ?」
本当にふざけないで。
「ちゃんと答えて?今、そこの…男たちと何しようとしてたの?」
あくまで優しい口調の爽やかくん。
でも、目が笑ってない。
怖い。
チビの屋上での視線、咲哉君の視線、そしてこいつの視線。
こいつらは…あたしに冷たい視線しか送らない。
そして、その視線があたしを追い込んでいることには気づいてない。
クラスメイトの男たちに助けを求めようと後ろを向くが…。
…うそ。
……いない。
まさか、逃げられた。
……あたしの相手、誰がしてくれるのよ。
今心配するのはそんなこと。
そんなことを考えないとまた泣いてしまいそうだった。
イヤ…。
壊れた心が更に粉々になりそうだったから。
今まで少しずつ壊れてきた心。
チビによって壊された心。
咲哉君によって壊された心。
自分の発言によって壊れた心。
もう、これ以上壊れたら修復不可能。