ただ申し訳なさが込み上げて来てゆっくりと離れようとした。
でも……
「……しばらくこうしてろ」
背中に手を回されて、龍翔に引き寄せられた。
……は?
龍翔の胸元にがっちりと顔を押し付けられる。
「ぐ、ぐるしっ」
軽くもがいてみても力は緩められない。
「………傍に居ろよ」
………なんだそれ。
「…………それじゃ二度寝する……」
龍翔に流されてまだ重たい瞼を閉じようとするあたしもあたしだ。
次に目を覚ました時、龍翔はぐっすりと深い眠りに落ちていた。
熱いぐらい密着していて龍翔が汗を掻いているのでそっと離れてベッドから降りる。
そこには飲みかけのペットボトルや熱冷まシートなどのごみが散乱していた。
「………キタナ」
小さくあくびをこぼしながらも床を綺麗に片付けた。
そしてふと時計を見ると……もう7時を過ぎているではないか。
まだ眠たい目をこすってもう一度時計を確認する。
7時。
あれ。
もうこんな時間?
…………そーいえばお腹すいてきた。
タイミングよくグゥと恥ずかしい音をたてたお腹をそっとさすった。
大量に買ってきた食材が入った袋を手に取って、料理をするためキッチンを借りることにした。
寝室から出ると入った時には気付かなかったがいくつもの部屋へと続くドアが並んでいる広い廊下があった。
「………どこだよ」
キッチンを目指して彷徨う。
しかしすぐにキッチンは見つかった。
大きなリビングと繋がっているオープンキッチン。
でも意外なことに、ところどころ日常的に使われている痕跡が残っていた。
一人暮らしっぽいので料理をするやつは必然的に龍翔としかいない。
「…へぇ。龍翔料理なんてするんだ」
独り言をブツブツつぶやきながらどさりと手に持っていた袋を置いた。
まさか龍翔が料理するなんて……。
また龍翔の新しい一面を見れた。
それにしてもあたしが全く料理が出来ないのに、ちゃらちゃらした見た目の龍翔は料理ができるなんて少し……いや、かなり複雑だ。
そしてただチャラチャラしてるだけじゃなくて暴走族なんてものの総長様だし。
かなり複雑でショックを受けている心を抱えながら、レトルト食品の説明を読んだ。
もちろん買ってきたのはすべてレトルト。
いろんな味のおかゆやハンバーグやカレーまで幅広く買ってきた。
ちなみにハンバーグはただあたしが食べたかっただけだ。
とりあえず色々な具材が入っているおかゆを拝借したお皿に入れて電子レンジで温める。
電子レンジの操作ならあたしでも出来る。そこまで廃ってない。
チーンと軽快な音が聞こえると熱いおかゆが入ったお皿を素手で取り出した。
「あっつ!」
素手じゃなくてここは布巾とかを使って取り出すようだった。
熱すぎて手を離しそうになったがそれでも落とすことなく置いて。
ぶんぶんと手を振って熱さを紛らわせた。
自他ともに認めるあたしの不器用さを発揮しながらも、自分のお目当てのハンバーグを温めて直ぐに口に詰め込んだ。
「ふあっつ!!!(あっつ!!!)」
いや、あたしは不器用じゃなくてただの馬鹿なんだろうか。
さっき熱い思いをしたばっかりじゃないか。
ダイエットをずっと続けているためなんだか久しぶりに食べたハンバーグはこんな状況だけど美味しかった。
それからおかゆを冷めないうちに龍翔が寝ている寝室に運んで傍にあったサイドテーブルへ置いた。
まだスヤスヤと気持ちよさそうに寝ている龍翔。
これは起こして食べさせるべきなのか。それともこのまま寝させておくべきなのか。
起こすのは少し気が引ける。
せっかくおかゆもチンしてきたんだから…。
よし起こして食べさせよう。
そう思って龍翔を起こそうとした。
「龍翔!りゅーうーとー!」
しかし深く眠っている龍翔は起きない。
「おーきーてー!」
軽く揺すってみる。
それでも起きない。
「………起きてぇってぇ」
甘い声で呼んでみる。
それでも起きない。
「………ふぅ」
こりゃダメだな。
とため息を吐いたとき。
もぞり、と今までピクリとも動かなかった龍翔が寝返りをうった。
おぉ。
「龍翔!起きて!晩御飯!ねぇ!起きて!」
ここぞとばかしに大声で龍翔に叫び続けた。
「……うっせ」
しばらくもぞもぞと動いていた龍翔が起きたのは、おかゆが少し冷めてしまった頃だった。
必死に起こした私は少しだけ不機嫌な顔をしているに違いない。
あぁ、もう冷めちゃったじゃん。
せっかく作ったのに。
ちょっとした不満をぶつけるようにペしりと龍翔をの額を叩いた。
触れた肌は、汗ばんではいるもののさっきよりも熱は確実に下がっていた。
そのことに安心したのは事実。
また、あたしの心が何か変わった。
「ねぇねぇ、莉々花ちゃん。今日暇?」
あまりの天気のよさに、中庭で紙パックジュースを片手にダラダラしていた時。
そこそこ顔の整っている男に話しかけられた。
「んー。忙しい、かなぁ」
ガシガシと噛んでいたストローから口を離してちらりと男を見る。
でも乗り気になんかなるわけなく、ヘラっと笑って意識をまたジュースに戻した。
これがあたしのお昼ごはんなんだから邪魔しないでほしい。
「えぇ、やっぱりあの噂って本当?」
もう一度男を見ると、にこりと笑っていた。
「噂って?」
「かの有名な櫻井莉々花はついに一人の男に落ちた、って」
かの有名……ってあたしは芸能人か何かか。一般人だよこのやろう。
「ふぅん」
でも噂が回るのはもう慣れっこなので、最近は遊びをやめたからまぁ噂ぐらいたつのかな、と他人事のように思った。
「あれ、反応薄いね」
ケタケタと笑った男は立ち去るわけではなく、それどころかあたしが座っているベンチの隣に座った。
密着、なんてことはないがまぁそれなりに距離を詰めて座られた。
「近い離れて」
「そこはベタベタ腕でも組んでこようよ?」
乗り気じゃないの、とぐしゃりと空になった紙パックを握りつぶして立ち上がった。
もうここには用はない。
「なぁんだ。もう行っちゃうの?」
「サヨウナラ」
ヒラヒラと手を振って追いかけては来る気配のない男から遠ざかった。
何だったんだ、あの男。
「……あ?もしもし?櫻井莉々花と接触できたよ~。ん?お誘いは断られちゃったから心配することじゃないよ。アハハ、冗談はよしてくれ。莉々花チャンの保護者ににらまれたらもう生きてけないから」
ニコリ、男は視線を真っ青な空に向けて微笑んだ。
「莉々花チャンも大変だねぇ。敵が多くて」
ゆらり、これから起こるであろう一波乱で、空が揺れたような気がした。
ノロノロともう慣れた屋上への階段を上っていく。
「……喉かわいたぁ」
もう1パックジュースを買っておけばよかったな、なんて思いつつも屋上への扉についてしまった。
よっこらせ、と扉を開けてすがすがしい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「次から素直にここに来よう」
ここなら聖龍以外は誰もやってこないらしいし。
最近は別に無言の時間にも慣れてしまい、龍翔はなぜか総長室にこもらずあたしの隣に居座るもんだから、少しは心地いいと思っている自分もいる。
じりじりと攻めてくる日差しに、日焼け止めらなきゃなぁなんて思いながらも、制服が汚れることも気にせずごろりと寝ころんだ。
うとうとと意識を遠のかせていると、がやがやと聞こえてきた騒ぎにだんだん目が覚めてくる。
「はぁん!?チビが楯突いてんじゃねぇよ!」
「遼には言われたくないねぇーだぁ。バカ面なのにさぁ」
「ば、バカ……っ!?お前、バカとは何だよ!!テストで見てろよ!?俺より悪かったらお前土下座だからな?申し訳ありませんでした遼様って頭地面にこすれよ!?」
「ぶぶぶっ。僕が遼に負けるなんてありえないしぃ。遼が負けたら僕に頭下げるんだよぉ?」
騒がしいってより……うるさい。
扉越しでも筒抜けの会話。
遼様いるのか……。何か言われそうだな、と思い寝転がっていた体を起こした。
それと同時に扉が開く。
「………げ」
「あ、莉々花ちゃんだぁ」
あからさまに顔をしかめた男と、反対に満面の笑みを浮かべた男。
「何?莉々花ちゃんいるの?」
「どけ」
そして今日も爽やかスマイルを浮かべた男と、太陽の光をも反射するような輝く金髪を持った男。
……二人だけかと思ったら、全員勢揃いなんですね。