いくらタオルで拭いてもつーっと伝って来る汗に困っていると、ぴぴぴっと体温計がなった。
確認してみると……。
「40℃!?」
一瞬見間違いかと思ったが、ばっちり40という数字が表示されていて。
予想外の高さで慌てて熱冷まシートを数枚はがし、首筋やいろいろなところにペタペタと貼った。
「待って、やばいやばい」
どうすればいいの?
風邪をひいている人の看病すらしたことがないのに、40℃も熱がある大の男の面倒なんてはたして看きれるのか。
やってみるしかないでしょ本当。
とりあえず重い思いをして大量に買ったスポーツドリンクのふたを開け、龍翔に近づいた。
「……龍翔?飲み物飲める?」
寝ているのか、起きているのか。
朦朧としているだろう意識の龍翔に声をかける。
「…りゅーと!」
耳元でわっと叫ぶと、ピクリと体を動かした。
「………うっせぇな」
喋ったことに一安心したけれど、その声は枯れていて声も出しにくそうで。
「……これ飲んで、はい」
ペットボトルを渡そうとするけど、龍翔はただ薄目を開けてあたしを見た。
「…………」
「…………なに?飲まないとダメじゃん、ほら」
ぐっと龍翔にペットボトルを押し付けてもただ虚ろな目であたしを見るだけ。
「………口でうつせ」
何も動かない龍翔にどうすればいいかわからないでいると、なんとも耳を疑うような言葉が聞こえた。
「……え?」
思わず聞き返してしまう。
「口、しろ」
………まじかよ、おい。
口調は限りなく命令口調だけど、なんとも頼りない声で。
あたしはただ苦笑いを浮かべた。
………しょうがないなぁ。
床に座り込み、自分の口に少しだけスポーツドリンクを含む。
そして身を乗り出し……。
うっすらと口を開けた龍翔の唇に自分の唇を重ねた。
そして、飲み物をゆっくりと押し出す。
あたしの口の中に液体がなくなると、唇を離して。
しかし口移しなんて初めての経験で、龍翔の口の端からつーっとこぼれてしまった。
それをそっと手ですくい、もう一度液体を含み、口づけ、流し込む。
龍翔はただされるがままだけど、ちゃんと飲み込んでいて。
その行為を何度か繰り返した。
「……もう、いい?」
「……あと一口だけ」
先ほどよりもまだましになった声だ。
のどが渇いていたんだな、と思いながら少し慣れた行為をしようと液体を含み口づけ、流し込み、離れようとしたとき……。
何かがあたしの頭にぐっと回り、強く龍翔の唇にあたしの唇が押し付けられた。
「……っ!?」
頭に感じるのは熱い龍翔の手で。
は!?
混乱していると、ぐっと手を引かれた。
中腰だったあたしは抵抗なんてできないままベッドの上に乗り上げて。
唇は合わさったまま、龍翔の上に寝転がるような姿勢になってしまった。
思いっきり目を開く。
するとうっすらと目を開けている龍翔と目が合った。
目が少しだけ細められる。
「んーーーっ」
そして龍翔が少しだけ笑ったように目じりを下げた途端、あたしの頭を押さえていた手の力がふと抜けた。
慌てて龍翔の唇から逃れる。
び、びっくりした……。
「ちょっと!」
人の親切心を踏みにじるようなことをした龍翔に何か言ってやろうと口を開いた。
だけど……。
「スー…スー……」
龍翔はさっきの唸りが嘘のように、穏やかな寝息を立てていて。
向ける場所がなくなった軽い怒りを打ち消すように、軽く笑った。
…………寝顔はちゃんと高校生らしくあどけないじゃん。
肘を立て、龍翔の上からどけようとする。
でも……。
「………らしくないね」
龍翔の手がしっかりとあたしの制服をつかんでいた。
軽く引っ張っても取れない。
もうなんだか龍翔がかわいく見えてしまって。
くすくす笑いながら、広いベッドの龍翔の隣に寝転んだ。
龍翔に手をつかまれている部分の制服にさらにしわが寄った気がした。
………こんな厳つい格好して、整いすぎている容姿を持っていて。
少し前まで龍翔に抱いていた嫌悪感や不信感がほとんど今のあたしには薄れてしまていた。
こんな辛いなら諷都くんにでも誰かにでも助け求めなさいよ。
…………死ぬところだったじゃん。
40℃なんて動くだけでも困難だろう。
もう少ししたら何か今度は食べれるものを用意しよう、と思って少し…いや、かなり熱い温もりにそっと身を任せて目を閉じた。
「………あたしがいるから、寂しくない………」
記憶が落ちる寸前に口からこぼれた言葉は、いつもあたしが願望していた言葉。
龍翔side*
「………んん」
朦朧とする意識の中、甘ったるい女の声が聞こえた。
………朝からうぜぇ。
腕にかかっているわずかな重みを感じ、戸惑いもなく振り落とそうとしたとき。
「………ぱ、…」
ギュッと何かが俺の腰を締め付けた。
身勝手なことをする女に苛立ちを覚えゆっくり目を開けた。
でもそこにいたのは……。
一晩だけの見知らぬ女などではなく俺に抱き付いて俺の胸に顔をうずめている莉々香だった。
「………は?」
かすれた声が漏れる。
……頭が痛てぇ。
なんでこいつがここに。
ひどく体のだるさを感じている中、疑問に思うことがいくつもあったが…。
自分の全身に貼られているモノを見て、自己解決ができた。
もう既にぬるいだけだがシートが額だけじゃなく、首筋にも肩にも無駄に貼られていて。
自分が熱に侵されていたことを思い出した。
……体だりぃわマジで。
伸びてきた髪をかきあげ、俺に抱き付いて離れない莉々香に視線を移した。
何を思っているのか、安らかな表情をしている。
「……ったく。お前が寝てどーすんだよ」
俺にいつも嫌悪の視線しか向けなかったこいつの新たな一面が見れた気がした。
つい最近、莉々香が熱を出してぶっ倒れたときはただ死にそうな顔しやがってて。
いつか俺が抱いた日には無表情で眠り続けていた。
こんな莉々香の柔らかくて優しい顔を俺は見たことがない。
これからも見ることがないかと思っていたが。
………本当に熱サマサマだ。
俺に風邪をうつした原因であろうこいつを、そっとさらに自分に近づけた。
抱きしめ返すことは出来ない片腕の行く場を探しながら、もう片方の腕に乗っている莉々香の頭をただ一度だけ撫でた。
このままこいつをここに閉じ込めて
俺だけのものにして
誰の目にも触れさせないことが出来たのなら
どれだけ俺は幸せだろうか
しかしそんなことは不可能で
可能なら、とっくにこいつの自由を全てしばりつけて
ただ俺にだけ視線を向けさせて
ただ俺だけにその体を開かせ
ただ俺だけに愛を囁かせるのに
俺だけがこいつに触れられるのに
…………不可能に決まっているだろう
悲鳴を上げている体に気づかぬふりをして、目を閉じた
「一人じゃない」
ただ俺はその言葉を吐いてほしいだけなのに
なぁ、俺は__________優しくなんかはない
さっきのためらいが嘘のように消え、莉々香の頬に手を添えた。
そして_______寝ている莉々香に、口づけた。
「誰が他の野郎なんかに渡すか」
麗しき眠り姫は、まだ起きない。
何度口づけても、まだ起きない____________。
眠り姫は王子のキスで目を覚ます
龍翔side*END