そしてあたしが倒れてから一週間後_________。











呼吸困難に陥ってから、一日入院してあたしは何の問題もなく退院した。








気づかぬうちに意識を失っていたようで、起きたときには諷都くんが色々対応してくれた。








ちなみになぜか病院に保険証を提示する必要はないと言われ、かなり心にあった重たいものが取れたのは確かだけど。













そしてそんなあたしは……ちゃんと、ここ数日は学校に通っているのだ。












「さっくやくーーーーーんっ!」










咲哉くんにうざ絡みするために。









様々な葛藤があったはずなのに、あたしが倒れた日からはなぜか咲哉くんに会いたい気持ちが気まずい気持ちなんかを押しのけてしまっていて。











「………おい、抱き着くなって」









咲哉くんに構ってもらえることがあたしの最近の幸せだ。







どうしちゃったんだろうな自分。







でもそんなことを考えても何も分からなくて、大量にあった遊び相手の連絡先は全て真っ白に消去した。








ただあなたの笑顔が見れるだけであたしまで笑顔になれる。









そんな、以前では考えられなかった幸せな日々。













「あたしに抱き着かれて嬉しいでしょー?」









「ホント、お願いだから離して…」










ちなみに暴走族のところへは放課後毎日通ってる。







でもつまらないだけで、特に何か起こるわけでもない。









瑞希くんはじーっとあたしの顔を見てくるだけだし、諷都くんは雑誌読んでるし、メガネくんは永遠とパソコンをカタカタとやっている。











龍翔には、一切会わない。










一度どうしたのかと聞けば、倉庫にはいるらしいけどずっと総長室に籠っているそう。








あたしはメールする相手も電話する相手も自分で消しちゃったから、ただぼーっとするだけ。









メールや電話は来てるんだけど、全て削除。










………こんなに暇で寂しい思いしてんのに何やってんだろ自分。









後悔は多々するけれど、それも倉庫にいる間だけだ。










学校にいる間…咲哉くんといる間は、スマホなんて存在は消え去っている。



















ぎゅっと咲哉くんの腰に回している手に力を込めた。









「咲哉くん冷たぁい」









ふふふ、なんて笑ってる自分。








咲哉くんが今どんな顔をしているのかとても気になった。








顔を咲哉くんの胸に押し付けているから表情が見えないのだ。








無表情だったり怒ってる顔してたらやだなーって思うと顔をあげれない。








「……ほら、もう離せって。な?」










さっきとは違い、子供を諭すような優しい声を掛けられる。









それが嬉しい反面、子ども扱いを受けたみたいでいやだ。








あたしは、ただ咲哉君に迷惑をかける餓鬼だ。












我儘ってことは分かってるんだけど、自分を止める方法が分からない。











こうやって毎日咲哉君に時を見計らって抱き着かないと、おかしくなりそう。










よくも悪くもあたしの中で何かが変わっているのだ。










「やだぁー」











でもいくら咲哉君は口であたしを注意するものの、強引には引き離してこないから少し嬉しい面もある。










喜ぶべきことかは分からないけれど。











「さっくやくーん」










ちょっとした出来心でぎゅーっと咲哉くんに胸を押し付けてみる。











「ほら、離してって。何回言わせる?」










「んー、あたしが離れる気になるまで」








しかし咲哉くんは無反応。









……おっかしーな、と思ってみたりもする。






























「__________咲哉くんのバァカ」











ふと、あたしが倒れたときにお世話になったという【サラ】の存在が頭に浮かんだ。









絶世の美女なんて言葉じゃ表せなくて、数々の男を手玉に取っているという頂点を極める人。











内心はそんな女誰だよ、とかあたしとレベル変わらないんじゃないか何て思ってるけど…。










咲哉くんは、その人の事を好きなんだろうか?









惚れない男なんていないらしいし?










まだあたしはそのサラって人見たことないけど……。











もしも、自分よりもはるかに可愛ければ……心折れそう。













「………んね、咲哉くん?」













「………はぁ、何か?」










「サラって人、そんなに綺麗なの?」











「………は?」










「諷都くんも、メガネくんも、みんな言ってる」











「……は?」











咲哉くんはそれから少しの間考え込むように時間をためて。












「まぁあの人は綺麗なんて言葉じゃ表せないほどだな確かに」













………なにか、ぐさりと心に刺さるものがあった。













どろり、と何かが心に流れ込む。















「……ふぅん。そっかぁ」













あたしの口から出た言葉は、酷く冷たいものだった。











………そっけないと咲哉くんに不快な思いさせちゃうじゃん。










心ではそう思ってるんだけど、何か気分がそぐわない。













「もう、いいや」











いつもはこれから咲哉くんを怒らせるまでぎゅうぎゅうとくっついているんだけど、今日はもう気分が乗らなくてそっと咲哉くんから離れた。















「………迷惑かけてごめんねぇ。あたし、帰る」










そして俯いて咲哉君の顔を見ないまま、あたしはクルリと方向を変え、スタスタと歩き去った。













…………何なの本当。














何で、こんなにイライラするの。












何でこんなに苦しいの。













何で__________こんなに痛いの?

















あたしはまだ何も知らない。









知ろうともしない。












そして知ろうともしないことは、時として罪となる。
























モヤモヤとする思いを抱えて、鳴れてしまった番号に電話をかけた。










呼び出し音がただ鳴る。










………早く出てよ、と思った時。










呼び出し音が止まった。










一瞬切れたのかと思って画面を見たけど、ちゃんと通話中になっていて繋がっていることを知った。










「もしもし?」










でもいつもなら諷都くんが倉庫に行くまでの指示を手短にしてくれるのに、返事の欠片すら返ってこない。













……あれ?

















「諷都くん?」











おかしいな、と思った時。













「………諷都じゃねぇ。俺だ」











………?









誰?











酷くかすれた声。











風邪声のような気もしなくはない。












電話を掛ける相手を間違えたのかと思って表示名を見るが、ちゃんと暴走族と表示されている。











おっかしいなぁ…と思ってとりあえず通話を切ろうとしたとき。













「………おい?莉々香?」












懐かしく感じる呼び方が聞こえてきた。











「…………龍翔?」














……………ん?














え?













……もしかして?















「さっきから言ってんだろ」












嘘でしょ!?










思わずあたしは驚きのあまりにスマホを落としそうになった。














「え、声どうしたの!?」











普段の龍翔とはあまりにも違う声。









だから全く気付けなかった。












暫くここ数日龍翔と顔を会わせてないことも、気まずい雰囲気だったことも忘れて、あたしは思わず声を荒げていた。












「………風邪引いてんだよクソが」













げほ、ごほと辛そうな咳が電話越しに聞こえる。











「大丈夫…じゃあなさそうだよねぇ」










ちゃんと寝れば?と言おうとしたとき。










「………死にそう」












ぴきん、と固まってしまった。














酷く、龍翔から弱弱しい声が聞こえた。










………嘘だろ。










あの威張りまくって怖い雰囲気の龍翔から…こんなか弱い声が出るなんて。









俺様オーラをぷんぷん出している龍翔が?










ありえない。










あたしはかなりの衝撃を受けた。














「だ、大丈夫っ?倉庫だよね?周りに人は??」














「………倉庫じゃねぇ。自分の家だ」










「え、家?…ってことは今一人?」










「一人」












それってヤバくない…?










「熱あるの?」









「…熱とか測れるわけねーだろ」












いやいやいや











待てよおい。












かなり辛そうで電話越しにでも聞いてるだけでこっちまで辛くなるんだけど?










絶対熱あるよね?










その声普通じゃないよね?異常だよね?










熱も測らず何してんの、と内心たくさんの疑問が生まれる。












「な、何か食べるものは…?」









「ねぇよ」












ねぇよじゃねぇよ!
















食べ物ないとかどうするの!?










何も食べずに風邪なんて治る!?









治んないよバカ!












あまりにも風邪をひいていると言いうのにバカなことをしている龍翔に。











いつもとは全く違う、弱音をはく龍翔に。











一人ぼっちっていう龍翔に。





















「………家、どこ?」













あたしは自分を重ねてしまったのかもしれない。











じゃないと、絶対にそんなことは言わない。













ただあたしも一人の辛さが分かるだけで。











苦しくても苦しくても一人ぼっちで、泣いても叫んでも誰も気づいてくれなくて。













そんなの辛すぎるから。















「………駅の、すぐ近くの一番高いマンション最上階」
















「今すぐ色々買っていくから、少し待ってて」
















はぁ、と重たいため息を吐いて駆け出した。































ぴんぽーん、とチャイムを鳴らす。









あたしの手には近くのスーパーで大量に買った消化によさそうな食べ物と、風邪のときにあると便利そうなものを手あたり次第詰め込んだスーパーの袋。









スーパーなんて久しぶりに行ったし、こんなに重たい買い物の荷物を持つのもいつぶりだろうか。








龍翔に言われた通り電車に乗って駅に降りると、明らかにぬきんでてる高層ビルがあって、少し不安になりながらもエントランスに入った。









かなりの高級マンションだったので軽く驚き名がらもたまたまマンション内に入っていく人の後ろについてエントランスを抜け、エレベーターに乗った。










……最上階ってすごいんだけど。










一番大きい階は35階だ。









本当にこのマンションであっているのか不安になってくる。










でもそんなことを思っているうちに到着してしまい、エレベーターを降りた。










そして一つしかないドアにこれまたビビり、インターフォンを押すまでに至ったのだ。












「…………まだ?」











一度鳴らしても何も反応がないので、寝てるのかなと思ってもう一度鳴らす。











……あれ?やっぱりここの家じゃない?








それともただ気づいてないだけ?










全く反応がないので不安になっていると…。























がちゃり、と少しだけドアが開いた。










ったく。遅い。










そう思って口を開こうとすると。









がっとドアが勢いよく開き、ドサリとあたしになだれ込んでくるものがいた。









「え、ちょ!?」








スーパーの袋をとっさ離すことができず、スーパーの袋と激突しながらあたしは全身で重たいものを受け止めた。











「………わり、無理だわ…」













ぎゅーっとあたしを抱きしめるような形で倒れこんできた……龍翔。









その体は明らかに熱く、耳元にかかる吐息なんて辛そうだ。












「だ、大丈夫!?」











大の男の体重をあたしは全身で受け、今にも倒れそうになるが何とか踏ん張り龍翔を支える。











……お、重い。











とりあえずこれは早く家の中に入らなきゃ、と思って足を一歩ずつ踏み出した。






















「……っ、はぁ」










龍翔を寝室らしきところまで運びベッドに投げ捨てるように寝かせ、あたしはそのまま力尽きて床に寝転がった。












「……きっつ」










あーーーー、と両手をぐっと伸ばす。










ぜぇぜぇと上がっている息を落ち着かせ、ゆっくりと体を起こした。










龍翔はベッドの上でうつ伏せに辛そうに寝ている。














「…龍翔、龍翔。……もう」










龍翔の肩を力いっぱい押して、とりあえず仰向けに寝かせた。










きれいな顔が顔いっぱいに歪んでおり、額には大粒の汗が浮かんでいる。












「……っ、ぅ…」










ただしんどそうに唸っている。










………あたしが来なかったら、ずっと一人で辛い思いをしていたんだろうか。









玄関には龍翔の靴と思われるものしか置かれていなかった。









つまり、一人暮らしか何かだと思う。












この寝室だけでも小ざっぱりとしすぎている。










大きな部屋なのにどれだけのサイズかわからないけど大きなベッドが置かれているだけで、ほかに目立ったものはなくて。










苦しそうな龍翔はどんな気持ちだったのかと、思わず考えてしまった。











スーパーの袋の中から熱冷まシートと体温計とタオルを出す。









汗を拭きとって、熱冷まシートを剥がし、龍翔の金色の前髪を手で押さえ貼り付けた。










冷たいのか、かすかに体を揺らす。









見ているこっちが辛くなるような苦しみ方。









スウェットを着ているので少しだけ胸元を肌蹴させ、体温計をわきに突っ込んだ。











色目かしい鎖骨がのぞく。










それをなるべく視界に入れないように心掛ける。










視線を少し上に逸らすと、じっとりと首筋にももちろん汗をかいていて、なるべくやさしく汗を拭きとった。






















いくらタオルで拭いてもつーっと伝って来る汗に困っていると、ぴぴぴっと体温計がなった。









確認してみると……。








「40℃!?」









一瞬見間違いかと思ったが、ばっちり40という数字が表示されていて。











予想外の高さで慌てて熱冷まシートを数枚はがし、首筋やいろいろなところにペタペタと貼った。











「待って、やばいやばい」










どうすればいいの?









風邪をひいている人の看病すらしたことがないのに、40℃も熱がある大の男の面倒なんてはたして看きれるのか。












やってみるしかないでしょ本当。












とりあえず重い思いをして大量に買ったスポーツドリンクのふたを開け、龍翔に近づいた。












「……龍翔?飲み物飲める?」











寝ているのか、起きているのか。









朦朧としているだろう意識の龍翔に声をかける。











「…りゅーと!」










耳元でわっと叫ぶと、ピクリと体を動かした。











「………うっせぇな」










喋ったことに一安心したけれど、その声は枯れていて声も出しにくそうで。











「……これ飲んで、はい」










ペットボトルを渡そうとするけど、龍翔はただ薄目を開けてあたしを見た。











「…………」










「…………なに?飲まないとダメじゃん、ほら」












ぐっと龍翔にペットボトルを押し付けてもただ虚ろな目であたしを見るだけ。













「………口でうつせ」












何も動かない龍翔にどうすればいいかわからないでいると、なんとも耳を疑うような言葉が聞こえた。













「……え?」










思わず聞き返してしまう。













「口、しろ」











………まじかよ、おい。











口調は限りなく命令口調だけど、なんとも頼りない声で。










あたしはただ苦笑いを浮かべた。











………しょうがないなぁ。










床に座り込み、自分の口に少しだけスポーツドリンクを含む。









そして身を乗り出し……。











うっすらと口を開けた龍翔の唇に自分の唇を重ねた。











そして、飲み物をゆっくりと押し出す。









あたしの口の中に液体がなくなると、唇を離して。








しかし口移しなんて初めての経験で、龍翔の口の端からつーっとこぼれてしまった。










それをそっと手ですくい、もう一度液体を含み、口づけ、流し込む。












龍翔はただされるがままだけど、ちゃんと飲み込んでいて。









その行為を何度か繰り返した。










「……もう、いい?」









「……あと一口だけ」











先ほどよりもまだましになった声だ。










のどが渇いていたんだな、と思いながら少し慣れた行為をしようと液体を含み口づけ、流し込み、離れようとしたとき……。










何かがあたしの頭にぐっと回り、強く龍翔の唇にあたしの唇が押し付けられた。











「……っ!?」

















頭に感じるのは熱い龍翔の手で。











は!?








混乱していると、ぐっと手を引かれた。











中腰だったあたしは抵抗なんてできないままベッドの上に乗り上げて。












唇は合わさったまま、龍翔の上に寝転がるような姿勢になってしまった。












思いっきり目を開く。











するとうっすらと目を開けている龍翔と目が合った。










目が少しだけ細められる。















「んーーーっ」













そして龍翔が少しだけ笑ったように目じりを下げた途端、あたしの頭を押さえていた手の力がふと抜けた。











慌てて龍翔の唇から逃れる。











び、びっくりした……。












「ちょっと!」











人の親切心を踏みにじるようなことをした龍翔に何か言ってやろうと口を開いた。










だけど……。












「スー…スー……」













龍翔はさっきの唸りが嘘のように、穏やかな寝息を立てていて。









向ける場所がなくなった軽い怒りを打ち消すように、軽く笑った。










…………寝顔はちゃんと高校生らしくあどけないじゃん。













肘を立て、龍翔の上からどけようとする。












でも……。









「………らしくないね」













龍翔の手がしっかりとあたしの制服をつかんでいた。











軽く引っ張っても取れない。











もうなんだか龍翔がかわいく見えてしまって。










くすくす笑いながら、広いベッドの龍翔の隣に寝転んだ。











龍翔に手をつかまれている部分の制服にさらにしわが寄った気がした。









………こんな厳つい格好して、整いすぎている容姿を持っていて。











少し前まで龍翔に抱いていた嫌悪感や不信感がほとんど今のあたしには薄れてしまていた。












こんな辛いなら諷都くんにでも誰かにでも助け求めなさいよ。











…………死ぬところだったじゃん。











40℃なんて動くだけでも困難だろう。