そして次に思い浮かんでくるのは彼女の泣いてる姿。
俺は女の子が泣いてるのが“きらい”なんじゃなくて、“いや”なだけ。
まぁどう違うのかって言われても上手くは答えられないけど。
とにかくどうしていいかわからない。
龍翔とかは特に泣く女をうざがるけど、俺はうざいって思うよりもどうすればいいか分からなくなってしまう。
まぁ簡単に言えば俺は泣かれたら弱い。
でも普段なら心を鬼ってわけでもないけど、目をつぶってバッサリと切り捨てる。
しかしなぜか彼女だけは…見て見ぬふりは出来なかった。
二度目のシャワーを浴びて、飲み物でも取りに行こうと部屋を出たら____。
ほぼ目の前に膝を抱えている莉々香ちゃんの姿が見えた。
最初はどうすればいいかやっぱり分からなくて。
何を言っても彼女は何もしゃべらず、涙を流すだけ。
少し意外だな、とも思ってしまった。
ギャンギャン目の前で泣かれるのかと思えば、何も言わない顔も見せない。
初めての感覚だった。
涙を見せようとしないことに少なからず驚いた。
前に、龍翔に抱きしめながら泣いていたときは特に何も思わなかった。
龍翔が相手していたから俺がどうにかする必要もないし、何してんだこいつみたいな視線で見ていた。
でもあの時はみんな外に出ていて。
しかも俺は莉々香ちゃんのもしもの為にわざわざ残されていたわけで。
下の面子に助けを求めるわけにもいかず。
途方に暮れた俺は龍翔みたいに彼女を抱きしめた。
それがあの時の賢明な判断だったかなんて何もわからない。
でも軽く抱きしめただけだったけど彼女があまりにも儚くて。
どこかに消えて行ってしまいそうで。
しかも切なげに漏らされた声を聞いて、思わず強く抱きしめてしまった。
これ以上抱きしめれば簡単に折れてしまいそうで、でも緩めたらダメな気がして。
その時だけは彼女のことが嫌いだ、とか顔も見たくない、とか何も考えずに彼女を抱きしめていた。
「…………はぁ」
自分が、分からない。
「……諷都、どうしたんですか」
雅に声を掛けられ、自分がため息を無意識のうちに吐いていたことに気づく。
「俺やっぱ変だわ」
「櫻井莉々香で何かあったりしたんですか?」
もちろんあんなこと言えるわけもなく、俺はだんまりを通すしかない。
「よくわかんない子だなーって」
まぁあれだけ自分でも認めたくないって思ってたのに…。
今はまだ嫌いだけど、前ほどの嫌悪感は感じていない。
「まぁあれだけ男が追いかけまわしてるんですから、少なからず魅力はあるんでしょうねぇ」
「……顔だけの女には違いないけどね」
さりげなく龍翔を見ていると、俺らの会話は聞こえているはずだけど目を閉じている。
龍翔が今の会話聞いてキレたらどうしようか、と少し焦った。
「芸能人って言われても普通に納得できますよね、あの容姿は」
「芸能人になったら凄い人気出ると思うよ。あのレベルって芸能人の中でもかなり上でしょ」
「いっそのこと芸能界に入っちゃえばいいのですのにね」
「それは俺も思った」
……って。
俺、なんで雅とこんな語ってるんだろうか。
しかも雅はすました顔して話してるけど……彼からまともに女の話聞いたの、これが初めてかもしれない。
無関心すぎて暴言すら聞いたことなかったし。
……恐るべき、莉々香ちゃん。
俺も何の違和感もなしに話してた。
「でも…彼女、顔だけじゃなくて何かオーラあると思いません?」
「……オーラ?」
「顔だけならここまで有名になるわけないですよ」
「男遊びが激しいから有名なだけでしょ?」
「男遊びが激しい女達なんてここらにはたくさんいますよ。でも彼女だけはここまで名前が通ってる。不思議だとは思いませんか?」
……雅が何を言いたいのかわからない。
遊んでる子達の中で、一番かわいいから有名になっただけって話じゃないの?
「彼女…気まぐれって感じしません?ネコみたいな」
「猫?」
「そう。自分の思うままに、気ままに生きている。でもだからいつかは逃げていきそうな雰囲気…オーラがあるんですよね」
雅の言いたいことを否定したいけど、俺も彼女にそんなイメージを抱いているのも事実だ。
消えてしまいそうな気がする。
「……そう、なんだ」
「だから更に彼女に男が群がるんじゃないですか?あんな子を自分のモノにしたいって」
「それで有名になった…ってね」
「ま、彼女には何かあるでしょうねぇ」
俺には、彼女が分からない。
諷都side*END
「あれー?どこしまったっけ…」
あたしは、朝から探し物をしている。
昨日は結局龍翔に家まで送ってもらってコンビニでご飯を買って食べたら、まだ早い時間だったけど寝てしまった。
そして今日の朝は早く目が覚めたので、シャワーを浴びた。
……で、首元についている痣を見つけてしまった。
はっきりと付けられているキスマークを。
昨日龍翔が家まで送ってくれた時、家の前でキスされた。
その時に付けられたんだろう、多分。
諷都くんからもつけられたような気がしないこともない。
いやこれは龍翔とやった時……?
それか或斗か。
……或斗、なんかもうすでに懐かしい。
年なのかなぁーって思いながらも、お目当てのモノを探し続ける。
探しているのはコンシーラー。
またはファンデーション。
絆創膏はって隠せばいいんだけど、それはあからさまだし。
いつもはファンデーションなんて塗らないし、最近はクマも出来ていなかったからコンシーラーなんて使ってない。
メイクポーチの中をこの前整理整頓して、いらないやつは別のポーチに入れてどこかに置いたんだけど…。
「ないなぁ…」
自分の机の周りも、ベッドの下も、色々探したけどない。
……下のリビングで入れ替えしたからそこに放置したままかな?
自分の部屋を探すのは諦めて、一階を探すことにした。
掃除の業者の人がたまに来てるから、もしかしたらどこか移動しちゃった…?
そんなことを思いながらもリビングへと降りて見まわす。
……いつ見ても広いスペース。
あたしはこの家では、自分の部屋からほとんど動かない。
あたしの部屋は結構広いからテレビも置いてあるし、ミニ冷蔵庫も最近置いた。
ご飯とか化粧とか、自分の部屋を汚しそうなことだけリビングを使う。
以前自分の部屋に飲んでいたジュースをぶちまけ、化粧水をぶちまけ、グロスをぶちまけてしまった過去がある。
業者の人が綺麗にシミとかとってくれてたけど。
これ以上はもう自分の部屋を汚したくはない。
無駄に広い場所に、無駄にデカいソファー。
こんなとこに一人でいたら寂しすぎるし……なんか幽霊とかでそうで無理。
まぁそれにリビングからはこれまた広いキッチンもオープンに見えるから更に寂しくなる感じがする。
この家は、家庭的すぎる。
「あー、やなこと思った」
このまま一人で考えたら時間が過ぎる。
ちゃんと探そう。
あとで手に貼るシップと包帯探さなきゃだし。
ローテーブルの下には、物が少しおけるように棚みたいになっている。
そこを見れば……。
「あった!」
見覚えのあるポーチを見つけた。
それを取って開けると、思った通りに乱雑に入れられているメイク道具の中に細い筒状のコンシーラーを見つけた。
それを取って、鏡で首筋をなんとか映しだし塗る。
……よし、隠れた。
一瞬手首にもファンデーションを塗ってしまおうかと考えたけど、それは無謀すぎた。
まだドライヤーで乾かしていない、びちょびちょの髪をポーチの中に入っていたゴムでくくる。
次は……湿布。
「待って、湿布なんて…なくない?」
今思った。
あたし、湿布なんて使った記憶ないし。
美奈さんが湿布を貼ったら治りが早くなるって言ってたし、それに包帯巻いておけば剥がれにくいって言ってたけど…。
包帯とか何。
「あ、そう言えば…」
……いつか、お手伝いさんがいたころは色々買ってた気がする。
風邪薬とか、救急箱に入ってた記憶がある。
救急箱の存在を思い出し、リビングを見渡すけど、ない。
ならば、と思いキッチンへと足を踏み込む。
ここには水を飲みに来るか、冷蔵庫を使うしかしたことがない。
料理なんてあたしは全然できない。
「……ここになかったらどこ探そう…」
お手伝いさんが一番良く使っていた場所が、ここだ。
ここ以外全く分かんない。
そしてよく探してみると…。
十字架のマークが入った箱があった。
………良かったぁ。
ほっとその箱の存在に一安心して、中を開ける。
ツーンとした匂いがする。
……でもこの匂いは案外、嫌いじゃない。
なんてことを思いながらも中をごそごそと掻きまわす。
すると湿布を発見。
ご丁寧に包帯まであった。
左手に貼るのでそこまで苦労せずに湿布は貼れる。
……でも包帯ってどうやって巻くの?
「……ダメだ。あたし、出来ない事が多すぎる」
軽く自己嫌悪。
ぐるぐる巻けばいいの?
……ネットで調べよ。
そして自分の部屋に置いてある携帯を取ってリビングのソファーに座り、検索をかけてみる。
昨日投げ捨てた携帯だが、傷一つなく生存していた。
でも調べて出てくる巻き方は、骨折してる人達が使ってそうなものばかりで。
こんなに大袈裟には巻きたくない。
……もう包帯はいいや。
包帯は諦めて、癖のようにポイッと床に投げ捨てる。
これもあたしの悪い癖だ。
直ぐに飽きて、飽きたものは投げ捨てる。
しかも片付けるのはあたしじゃない。
はぁーーーって思いながら周りを見渡すと、ポーチを探して散々になっていた。
棚の引き出しは出しっぱなしだし、中の物も床に散乱してるし。
目の前のテーブルの上は、救急箱とメイクポーチの中身が入り乱れている。
あたしの部屋は、更に酷いことになっているだろう。
……次って業者さんいつ来るっけ。
あたしは片付けが、大っ嫌いだ。
家事も大っ嫌いだ。
この性格を直すつもりは、一生ない。
欠点だらけの性格に、行動。
まともなのは顔だけ。
あー、ヤダヤダ。
「……へくっちゅ」
小さくくしゃみをする。
……服着ようかな。
シャワーを浴びてから、バスタオル一枚だけ体に巻いてうろちょろしてたからさすがに体が冷えてきた。
………もう朝からなんかドッと疲れた。
学校行きたくなーい。
すんごい休みたい。
咲哉くんにどんな顔して会えばいい?
……って、咲哉くんは何も気にしてないか。
そうだよねー。
逆に迷惑かけられてうざっ!みたいに思われてるかもしれない。
……咲哉くんに限ってそこまで酷くはないと思うけど、咲哉くんの性格なんて全然知らないし。
本当は龍翔以上に鬼畜なのかもしれない。
……んもう、普通に謝って終わりでいいか。
うじうじ考えても何も分かんないし。
考え込んだらマイナスな事ばかり考えちゃって、直ぐに生きるのが嫌になる。
こんな時は……寝るのが一番かも。
今日は学校を休もう。
よし、決めた。
来週から学校行こ。
明日は土曜日だし。
………ってことで髪をくくっていたゴムを外し、床に投げ捨てる。
あーー、明日にでも業者さんに掃除に来てもらうよう頼んでから寝よう。
びちょびちょに濡れた髪をわしゃわしゃとほぐしながら階段を登る。
……どうでも良い話だけど、階段を登るときが一番怖い。
なんか幽霊が後ろについてそうな気がして嫌だ。
そそくさと階段を駆け上がり、自分の部屋へと猛ダッシュして急いで部屋に入り、ドアをバーンと勢いよく閉める。