龍翔は…、






「俺が大丈夫って言ってんだ。んなもん大丈夫に決まってんだろ」





あたしに優しく微笑みながらそう言ってくれた。







その言葉を聞いた途端に涙が溢れる。







なにも確証はないし、なにも根拠があるわけでもないけど。






酷く、心を打たれた。







「莉々香ちゃん…。僕もね、嫌なことがあると男なのに泣いちゃうの。だから泣いてもいいんだよ?大丈夫なんだよ?」





その言葉を聞いてもう、今まで思っていたように泣いてはいけないなんて思わなくて。






涙を流し続けた。






あたしは「大丈夫」、ただただそう思えた。










そして…。






「龍翔、遅れてきてすみません」







メガネの男がやって来た。







あたしが大泣きしているのにもかかわらず淡々と諷都の隣へと座り、持ってきたパソコンを開く。







龍翔はその2人の向かい側のソファーに移ったが、チビだけはあたしの隣にいてくれた。







龍翔が隣からいなくなると素直に寂しかった。






「雅、電話で話した通り…このサイトを消してほしいんだ」






諷都君は諷都君のパソコンの画面を見せる。





「……これですか。消せることは簡単ですが……広まっているので今更消しても効果は無いかもしれません」






「…それでも、消さないよりかはマシだ。後、そのサイトを作った奴を調べろ」





「…龍翔。分かりました。」




メガネはチラッとあたしを見てからパソコンをカタカタと打ち始めた。






……なんだろう。






まだ涙も止まらないし、悲しいし、寂しいし、辛いし、誰かを求めているけど…。





何とも言えない感情が、あたしを包んでいるような気がした。













そして暫くたった。





あたしも涙は引き、心が少しは軽くなった気がした。






…でも、少しだけ。







「…消せました。でも問題点が一つ。櫻井莉々香は…聖龍の姫として情報が広まってしまっています。こればかりはどうにも…。」








……姫?






あたしが社長の娘という事よりも……姫?って噂が広まってるの…?







その事実に少し安心する。






「……それは…さすがにマズイな…」






それでも、諷都君の声は重たくて。






「姫」として噂が広まったことは安心できないんだという事を悟った。















「よりによって何で今の時期なの…?もし、莉々香ちゃんが[毒牙(どくが)]に狙われたりしたら…?」





あたしの隣でチビはとてもうろたえていた。





姫って何…?





毒牙って何…?





どんどんどんどん不安が積もっていく。






「……莉々香がもし何かあったら、倉庫に連れてきた俺の責任だ。だから………莉々香を姫とする。」






龍翔のこの言葉により、場に緊張が走る。







「龍翔、それはちょっと待ってください。いくらなんでも櫻井莉々香を姫とすることは認めれません。姫では無くても守ることはできます!」






龍翔の言った言葉にすかさずメガネが立ち上がって口を挟む。





そして、そんなメガネを鋭い視線で睨む龍翔。






「雅、これは総長命令だ。どうせ噂は広まっている。このままだと明日…今日にでも莉々香に被害が及ぶ。もし莉々香が死んでみろ?雅…お前はどうする?俺らは女一人として守れねぇような族作ってんのか?んなもん違うだろ。」






メガネはただその言葉に悔しそうにうつむくだけ。






「……僕も、龍翔に賛成だよ。僕は莉々香ちゃんを守りたい。例え莉々香ちゃんが……どんな子だったとしてもね。」






チビの方を恐る恐る見つめる。





チビはそんなあたしににっこりとほほ笑んでくれて。






そこに、屋上での恐怖は全く感じなかった。






すごく……何も理解できていないあたしの不安が取り除かれるような笑顔だった。
























「俺は龍翔が言うなら反対はしないよ?俺たちに今回は非があるからね。ちゃんと写真に気づかなかった。一般人である莉々香ちゃんに迷惑かけちゃったから。多分、晃さんとの写真でずっとマークされてたんだ…。」





諷都君も立ち上がって、横にいるメガネの肩をそっと押さえて座らせた。





龍翔はそんな諷都君に妖しい笑みを漏らす。





「だ、そうだ。あとは雅と……遼、だけだが。」




メガネは盛大にため息をつきながら「仕方ないですね」とボソッと呟いた。





「って事だ。莉々香?今日…今から、お前は俺ら聖龍の姫となってもらう」






龍翔はあたしに…何を言ってるの?














「何、それ…。姫とか、何の話よ。」





散々泣いたから声が上手く出ない。





かすれてしまった声だ。






「姫って、知らないの?」






隣にいる瑞希があたしに聞く。








「知るわけないじゃない…。姫なんて。」






その言葉に瑞希や諷都君は少し驚いた表情を見せている。







……姫ってお姫様の事?







「姫って言うのはねぇ…。僕らの大切な人なんだ。」












………大切な人、か。







そんな存在にあたしがなれるわけがないじゃない。






諷都君だって、メガネだって、チビだって……あたしなんかを認めてない。






龍翔が言ったから、ただ反対できなくて“仕方なく”認めている振りをしているだけ。







賛成なんてするわけないじゃない。






だってあたしだもの。






大っ嫌いな存在である女をわざわざ大切になんてしない。







「莉々香ちゃん……?」






「……ううん?何でもないやぁ。悪いけど、あたしは姫とか遠慮しとく。」






空気が一瞬にして凍る。






「……え?何で断るの?莉々香ちゃん、姫にならないと危険な目に会っちゃうんだよ?」






危険な目か……。





もうなんだっていいや。






「別に、いいよ。何でも。殺されてもいいし。」






これは本音。



















「莉々香は良くても俺らは良くねーんだよ。大人しく守られときゃ良いだろ。」






チビに変わって、龍翔が説得をしだす。






「そうだよ?莉々香ちゃん…。俺も心配だよ。」






続いて諷都君も。





確かに龍翔の隣は安心できる時もある。






ここにいると不思議な感覚に包まれる。






それでもここにはあたしを拒絶する人が多すぎる。







これ以上孤独になるなら死んだ方がまし。






でも、あたしにはそんな勇気はない。






死ねたらどれだ楽になるんだろう…。






でも出来ないんだ。






「心配しなくていいし、別に責任も感じなくていいから。あたしはあたしの人生を生きていくもの」






……男の温もりを一生追い続けていく人生で、いいのよ。






こんなクソみたいな人生、もうどうなったっていい。






「ダメっつってんだろ。」














「龍翔に否定なんかされたくない!!」







あたしは無意識のうちにヒステリックに叫んでしまっていた。







叫んでハッとする。







周りを見ると、みんながあたしを冷たい視線で見ている。







………あ。







「……ごめん。あたし、もう帰る……。」







あたしはそのまま部屋を走り去った。






階段も慌てて降りて、出口へと目指す。





下の階には人が大勢集まっていた。





「……え?あれって…女?」「櫻井莉々香…だ」






ここでもみんな、あたしを冷たい目で見る。





……もう、何なのよ。






「あたしが……あたしが何かした?あなたたちに何かした?何で、何で……こんなに嫌われないといけないの……。」




あたしはそっと呟く。




何人かは聞き取っているかもしれない。





あたしはそのまま人ごみを突っ切って倉庫の外へと出た。