今ここに有生がいてくれたら、と思う。


あいつならこういうとき、きっとうまいこと半畳を入れて、ぎくしゃくした雰囲気にならないよう機転を利かしてくれるにちがいないのに。



それになにより、こういう場面で彼が隣にいてくれると、菜々子自身が自分を保っていられるのだ。



どう振舞っていいかわからない状況に戸惑う菜々子は次第に口が重くなり、すると東も自然と言葉に窮してしまう。



さまざまな憶測が青い顔の東の脳裏を駆け巡った。



不安な気持ちに追い撃ちをかけるかのようにいきなり車内が静まり返る。



電車は走り続ける。



果たして、これという会話もなく、電車は彼らの地元駅へと到着した。



「東くんちって、どっちの方だっけ? 西口から? それとも東?」

「東」

「じゃあ、いっしょだ」



思い切って菜々子は言った。


ほっとした東の顔に、この場での正解という手応えを感じ、よかったと、むしろ菜々子なほうが胸を撫で下ろす。


ふたりは穏やかに笑みを交わした。