「言わせておけば、このアマがッ!」

「おい、よせ!」



理性を逸した眼差しが菜々子を射抜く。


男の手がさっと宙に上がった。


ぎゅっと菜々子のコートを有正が掴む。


菜々子は目を眇めつつも、不思議とスローモーションで動く男の腕をリアルタイムで追っていた。


そしてついにその直前、さすがの菜々子も堪えきれずにまぶたを伏せた。




「――ますます自分の首絞めてどうすんだよ、おっさん」




振り下ろされるはずの手は彼女を襲うどころかその気配さえ消え去って、代わりに今、一番聞きたくない声が耳に届いた。


まさか、と菜々子は不覚にも胸を高鳴らせる。


しかし、とっさに先ほどまでの有正とのやりとりが思い出されて、目を開けるのをためらった。


だがついに好奇心に勝てず、戸惑いながらも恐る恐る目を開ける。


果たしてその人はいた。


暴挙に出た男の手を涼しい顔で押さえ込み、鮮やかに捻りあげたところだった。