「あのときだって本当に好きだった? ぼくにはそうは見えなかった」
「どう見えた?」
「単なる嫌がらせ」
菜々子は笑った。
「好意の裏返しってやつでしょ?」
「ぼくあのとき言ったよ。菜々ちゃんの見てる方向がちがうんじゃないかって。菜々ちゃん、ほんとは自分でも自分のことがよくわかってないんじゃないの?」
「好きじゃないのに好きだと思おうとしてるとか?」
「それもあるし、その逆もあるよ」
好きなのに嫌いだと思い込もうとしてる。
おかしい。そんなのどっちも間違ってる。
「あやふやな感情のままぶつかってったって、必ずどこかで気持ちが反発するよ。だって心はずっとちぐはぐしてるんだもん。せっかくうまくいきそうになっても天邪鬼になるのは必然でしょ」
「それはなに、このまえのキスのことを言ってるの? だったらちがうけど。うまく行きそうになんかなってない」
菜々子は若干の棘を含んだ声で言った。
もうそのことには触れるなと言うように。
いつもならそこでストップだ。
でも今日の有正は不思議と勢いを止めることができなかった。