「翔太くん…!」
嬉しそうに駆け寄ってくる奈良橋に、俺はあからさまに表情を曇らせた。
いいかげんにしろと怒鳴りつけてやりたいほど、俺の怒りは限界に達している。
あれから奈良橋は、毎日のように店にやって来て、ことごとく俺の気分を害してくれた。
客としてなら辛く当たられないことを逆手にとった奈良橋の行動は、本当に迷惑以外の何者でもない。
「これさっき拾ったの。…翔太くんのでしょ?」
「……ああ」
黒いキーケースをちらつかせた奈良橋は、得意げな表情で俺のことを見据えている。
…なんで、車にも載せたことのないお前が、俺の鍵だってわかるんだよ。
いつ抜かれたのかわからないが、盗まれたのだと確信した。
見知らぬ女がなぜか従業員のロッカールームにいたと、今日報告があったばかりだ。
こいつだという証拠はないが、おそらく間違いない。
「…ねぇ、ついでに家まで送ってくれる?」
鍵を手渡してきた奈良橋が、図々しくそうのたまう。
「俺、他人は車に乗せないことにしてるから」
そうはっきり言った俺は、すぐに鍵を奪い返して車に乗り込む。
なぜか助手席から甘ったるい香りが漂った気がして、ひどく嫌な気分を味わった。
(…気のせいか?)
その意味がよくわからないまま、エンジンをかける。
車の外から意味深な視線を投げかける奈良橋を一瞥して、俺は強くアクセルを踏みこんでいた。