エリカも人目を気にして会っているせいか、文句ひとつ言ってこない。
きっと外でデートしようなんて言ったら、あいつもきっと嫌がるだろう。
あのホテルでしか会うことの出来ない今の関係が、俺にとっては実に都合のいいものだった。
テーブルの上に置かれていたスマホが振動している音が、静かな部屋に響く。
“今日は、ちゃんと家に帰ってきたね”
盛大に舌打ちしながら、俺はすぐに調査を依頼している弁護士に、その内容を転送した。
もうすぐ、誰がこんな嫌がらせをしてくるのか割り出せるはずだ。
相手の素性が分かり次第、すぐにでも警察に突き出してやる。
沸々と湧き出てくる怒りを抑えながら、俺はソファーに身を投げ出し、痛むこめかみに手を当てていた。
「…こっわ。橘、なんだその顔は。せっかくこの俺が飲みに誘ってやったっていうのに」
「俺だって、別に好きでこの顔に生まれてきたわけじゃないですから」
「なぁ、それ嫌味か?俺だって、若い頃はそこそこモテたんだぞ!」
うざい程絡んでくる上司に小さく舌打ちながら、ビールのジョッキに口をつける。
仕事も例の調査も立て込んでいて、最近はなかなかエリカに会う時間が作れない。
もう二週間近くも触れていないんだ。
自分が最近不機嫌すぎるのが災いして、心配というおせっかいを焼いた平泉のオヤジに、こうして無理やり飲みに連れ出されてしまった。
…ようやく今日こそ会えると思ったのに。
自分でも笑えるほどエリカのことで頭がいっぱいなのに、付き合いだしてから半年近く経っても、俺の思いが満たされることはなかった。