「早番で帰った…?」

エリカを驚かせようと思って、連絡もせず店に行ったことが間違いだったのかもしれない。

店が終わるまで近くのコーヒーショップで時間を潰していたが、閉店後従業員の通用口からエリカが出てくる気配はなく。

ドアを施錠しようとしていた佐伯店長に、慌てて後ろから声をかけてしまった。

「あら、橘マネージャー聞いてないの?私も遅番と交換して欲しいって、今日言われたのよ。何でも急に実家に行かなくちゃいけなくなったとか…」

「実家?エ、…結城の実家って…」

「仙台よ」

「…仙台…」

俺はエリカの実家の場所さえ知らなかった。

それどころか、突然帰省することになった、理由すらわからない。

(俺には、別に知らせる必要もないって思ってんのか…)

険しい顔のまま黙り込んでしまった俺を、佐伯店長が心配そうに見つめてくる。

「た、橘マネージャー?…あなたと結城さんって、ちゃんと付き合ってるのよね?」

「…結城は…俺のこと、なんて?」

「んー何度も聞いてるんだけど、なんだかうまくはぐらかされちゃって…」

俺には心配な件もあるし周りに広めるつもりはなかったけれど、結城自身も隠そうとしていたことにはなんだか腹が立つ。

「じゃあ、俺の口からも言うことはありません。…急に引き止めてすみませんでした。お疲れ様です」

煮え切らない思いを抱えたまま、踵を返してその場から立ち去る俺の瞳は、きっと凄まじいほど冷えきっていたに違いない。

『隣の家に住んでたお兄ちゃんに、9年近くずっと片思いしてたの…』

その日の帰り道はずっと、あの夜に聞いた切なげなエリカの声が、俺の頭の中を反芻し続けていた。