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「おう橘、お前今日遅刻ギリギリだったな。なんかあったのか?」

「…いえ。別に」

ちょっと一息入れようと思って社内の喫煙所へ向かえば、運悪くそこには平泉のオヤジが一人で踏ん反り返っていて、俺はあからさまに視線を逸らしてしまう。

車に昨日たまたまクリーニングから戻ってきたワイシャツが積んであって、本当に助かった。

どこかに泊まったようなことを匂わせて、この上司にしつこく追求されたら面倒くさいことこの上ない。

なるべく離れたところに腰掛けて、煙草を一本口に咥える。

ポケットの中にあるはずのジッポーを探っていると、口元に怪しげな笑みを浮かべている平泉のオヤジと目が合ってしまった。

「…で、どうだった?結城エリカとの一夜は」

突然放たれたその一言に驚いて、俺は煙草を口からポロリと落としてしまう。

目を見開いたまま固まっている俺を見ながら、平泉のオヤジは嬉しそうにニヤニヤと笑い首元をトントンと指差していた。

「……?」

「今日のネクタイの柄、全然ワイシャツと合ってねぇぞ。昨日と違う予備のやつだろうけど、センスのいいお前にしたら、それは有り得ねえ組み合わせだな」

鋭い指摘に、俺は思わず息を飲む。

誤魔化せるくらい些細なことだと認識していた俺にとって、平泉のオヤジの言葉は衝撃的だった。

「浮かねぇ顔してんな。…めでたく付き合えることになったんじゃないのか?」

何なんだ、このオヤジは。

…俺の行動や気持ちをここまで見透かしてることに、最早恐怖すら覚える。