嘘だと思った。いくら仕事上使用しないからといっても、…俺の名前すら知らないなんて。

覚える機会なんて、今までたくさんあったはずなのに。

「怒らないから言ってみろ」

「…すみません」

「名刺はどうした。最初に渡しただろ」

「それがその…いつの間にか失くしちゃってて」

「…電話帳は?俺は本名で登録してたはずだ」

「さ、最初交換したとき、誰かわからなくならないように橘マネージャーって登録し直したから…その…よく…覚えてなくて」

バツが悪そうに俯く結城の話を聞いて、俺は盛大にその場で項垂れそうになった。

俺がどれだけ結城にとって興味のない存在なのかが、思い知らされたから。

「…じゃあなんで…」

その程度の存在な俺と、付き合うことにしたんだ。

なんだかわけのわからない息苦しさを覚えて、俺は黙って組み敷いた結城を見下ろす。

そんなことは、いちいち考えなくてもわかってる。

失恋して弱っていたところにつけ込んだんだ。

なんのことない。俺は“その男の代わり”で、“忘れるための存在”。

…結城の心に、最初から俺はいない。

分かってて仕掛けた罠なのに、心のどこかでもしかしたらなんて期待していた俺は、呆れてしまうほど惨めだった。

「た、橘マネージャー…?」

「…翔太」

「……」

「“翔太”だ。一生、死ぬまで忘れるな」