「…なんで、泣いてんだ」

エリカがこんなに苦しんでいるのに、俺にはその涙を拭ってやることすら出来ない。

笑った顔が見たいのに。

ポロポロと涙を流し続けるエリカを、俺は沈痛な面持ちで見つめていた。

「あいつとなんかあったのか?」

言ってから、俺は後悔した。

あいつのことなんて、もう関係ないのに。

エリカを守るのは俺だって、直接伝えるために東京に戻って来たんだから。

力なく首を横に振ったエリカの表情を、俺はじっと見据える。

あいつに迷惑をかけるわけにはいかないと、嘘をついているんだろう。

エリカにここまで思われているあいつのことが、俺はずっと……昔から羨ましかった。

浅い呼吸を繰り返しながら、エリカは必死で自分のことを落ち着かせようとしている。

ゆっくりと俺を見上げた大きな瞳には、涙の雫がキラキラと光っていた。

「…あの、聞いて…?ひろくんは…」

その名前は、もう聞きたくない。

エリカが言い終える前に、俺はそっと顎を持ち上げて、自分の顔を近づけていく。

雑踏の騒音も、駅のアナウンスの声も、耳にはもう何も入ってこない。

しっとりと、柔らかい唇の感触が俺に伝わって来る。

ありったけの思いを込めながら、俺はエリカに口づけていた。