今まで我慢していた分、ものすごく爽快な気分だった。

頭から俺にワインをかけられた奈良橋は、呆然とした表情でその場に立ち竦んでいる。

「…もうすぐ、ここに警察来るから」

「な、んで…?」

長い髪の毛から滴り落ちた雫が、奈良橋のワンピースを濁った赤へと変えていく。

「意味わかんない…なんで?なんで?」

「お前はすでに警察からの警告を破ってる。俺に近づいて来た時点で、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金が科される。お前のやってることは犯罪。ここまで言えば理解できるか?」

具体的な刑の内容を聞いた瞬間、奈良橋の顔は一気に青ざめてしまっていた。

そして立っていることもままならず、床に座り込んでしまう。

「だ、だってだって…翔太くんが悪いんじゃない。私、今まで振られたことなんてないのに!あんな…普通以下の女と…!」

「それ以上エリカの悪口言ったら、本気で殺す」

感情の一切こもらない冷たい瞳でそう言い放つと、奈良橋はぐっと黙り込んでしまった。

「お前が欲しいのは俺の見た目だけだろ?振られた復讐のつもりだったろうが、代償が高くついたな」

「…わ、私死ぬから…!翔太くんが付き合ってくれないなら、ここで死んでやる…!」

「勝手にしろよ。俺もどん底まで不幸になったことだし、満足しただろ?」

くだらなすぎて、吐き気がしてくる。

守るものなんて、俺にはもう一つも残されていないから。

だからこんな奴がどうなろうと、もうどうだっていい。

覚悟を決めた俺の目を見て、奈良橋は生気がなくなったようにへたりこんだまま動かなくなった。

大人しく警察に連れて行かれる奈良橋を、俺は虚ろな表情で見つめる。

長年苦しめられてきた悪夢に、自らの手で終止符を打っていた。