***
ベッド脇のナイトテーブルに置かれたスマホが、電話の着信を知らせる。
表示された名前を懐かしいと思うくらい、東京駅で別れたあの日のことが大分昔の出来事に思えた。
「…はい」
『はいじゃねぇだろ!お前、今まで連絡も寄越さなかったくせに!相変わらず薄情な奴だな!』
「少しトーン抑えてください。声、でかすぎます」
平泉のオヤジに早口でまくし立てられて、俺は苦笑する。
『で、結城エリカとはどうなったんだ?俺はこの一ヶ月、ずっとお前らのことばっかり気にしてだな…』
「今は…それどころじゃないんですよね」
『…まさか、またあのストーカー女か!?』
「何かご存知で?」
平泉のオヤジが、電話の向こうでぐっと息を詰まらせている。
『似た女が…以前結城が勤めていた店で、橘の異動先しつこく嗅ぎまわってるって、ちょっと小耳に挟んでな…』
「……そうですか」
もしかしたら奈良橋は、東京にいた時すでに、俺の本命がエリカだって勘付いていたのかもしれない。
『気をつけろよ』
「いや、もう無理ですね。これから会う予定でいますから」
『ま、待て橘!…お前、まさかあのストーカー女とどうこうなる気じゃ…!』
平泉のオヤジの言葉を遮るようにして、通話終了の表示をタップする。
その直後、部屋の呼び鈴が鳴った。