「…に、二度と戻らない。絶対に、…戻ったりしない」
震える声で言葉を紡ぐエリカの様子は、誰が見ても本心じゃないことが明らかだ。
「煩い」
エリカの後頭部に手を回して、その唇を自分の胸に押し付けて塞ぐ。
これ以上エリカが、思ってもいないことを口にしないように。
自分の言葉で、これ以上心を傷つけてしまわないように。
「……っ離し、」
腕の中でもがくエリカをギュッと抱きしめて、つむじに唇を寄せる。
「…エリカ…」
この世で一番愛しい存在の、柔らかな感触。
低い声で優しく名前を囁けば、抵抗はピタリと止んでいた。
今まで俺の胸を叩いていた両手が、力なく床に向かって下ろされていく。
エリカの温もりと香りを肌で感じながら、俺は無意識に包容を深めていた。
(…このまま、ずっとこうしていたい…)
でもその瞬間、そんな俺の気持ちを打ち破るように、玄関から聞こえてきたインターホンの音が、静かな部屋に響き渡る。
こんな夜遅い時間に来る奴なんて、俺には知る由もなく。
俺が顔を上げた隙に腕からすり抜けてしまったエリカは、一目散に玄関の方へと逃げ込んでしまった。
「一体誰だよ。…こんな時間に」
舌打ちしながら、俺はエリカの後を追いかける。
「…は…なんで、こいつがここに…」
玄関に立っていた予想もしない人物に、俺は驚愕の表情を浮かべていた。