昨日のことをもっと気にしてほしくて、わざと覚えてないふりをして気を引こうとした。
忘れたとは言わせない。
エリカだって、俺のキスに応じながら、あんなに気持ちよさそうな顔をしていたのだから。
「お前、まさか俺が寝てる隙に…」
ニヤリと口角を持ち上げながら、エリカの反応を伺う。
素直に頬を赤くしたエリカの様子に、俺はますます調子に乗ってしまった。
「…え、マジなの?」
俺に惹かれてるって、早く認めればいいのに。
照れていると思った表情には明らかな怒りが含まれていたことに、俺は全く気づいていなかった。
「帰って」
いきなり低い声でそう言い放たれて、ようやく自分のミスに気づく。
「…は?」
「これ昨日のタクシー代。早くボタン閉めて。これ以上寧々の目に変なもの晒さないで」
「へ、変って…」
やばいと思った時にはもう遅く、激昂したエリカに、俺は玄関まで押し出されてしまった。
「おい結城。…なに怒ってんだよ」
「知らない。自分の胸に手を当てて考えてみれば?」
最後にそう言い捨てられて、無常にも玄関のドアが勢いよく閉ざされる。
エリカはまた、俺に流されただけなのかもしれない。
「なんなんだよ…」
…なかったことにしたいのなら、そうはっきり言えばいいのに。