促されるままに立ち上がり、松葉杖を構えようとしていると、急に肩が軽くなった。


「麻里さん、段差気をつけてくださいね」


何でもないことのようにそう告げて、彼はゆっくりと歩き始めた。その彼の手には、たった今まで私が肩に掛けていたはずのバッグがあった。


段差があるところまできて、やっと彼は立ち止まり私のほうを振り向いた。


「……どうしました?」


あんまり足が進んでいない私を見て、不思議そうに首を傾げている。きっと彼の中ではこの行動も、本当になんでもないことなんだろうな。表情からよく見て取れる。


「バック……」


どう反応したらいいのか分からなくて、それだけしか言葉が出なかった。それでも、やっと私が言いたい事を分かってくれたらしい。ヘラリと彼は笑って、バックを持った腕を上に掲げた。


「あーこれですか?だって、杖つきながらバックを肩に掛けるって歩き辛いですよ。俺、車に荷物置いてきて手ぶらだし、気にしないで下さい」


「何もかも、ごめんね……ありがとう」


申し訳ないという気持ちがあり、謝ることとお礼を言う事くらいしか私には出来なかった。


「俺がしたくてしているだけですから。さっ、そろそろ帰りましょうよ、さすがに俺も周囲の視線が気になり始めました」


玄関で立ち止まったまま話をしていた私たち。彼は苦笑しながら、視線は私を通り越して、もっと先に送られている。私も振り返って彼の視線を追った。


そこでやっと自分達の置かれている状況に気がついた。確かに……気まずい。


振り向いたと同時に、沢山の人と目が合った。受付の人、看護師さんらしい人、とにかく5、6人ほどの人がわざわざ私たちが見える所まで出てきて、ニヤニヤとこちらを見ている。明らかに好奇の目に晒されている。


そっか、顔が割れている職員がこんな所で長々とやり取りをしていれば、野次馬よろしくわらわらと人が集まってきても可笑しくない。そういうのが許される時間帯っていうのもあると思うけど。


私も彼と同じように、苦笑いを浮かべてしまった。


そして、もう一度彼の方に向きなおすと同時に、歩き始めた。


「そうだね、さっさと帰ろうか」


拓斗君は、うんと頷くと私を車まで誘導してくれた。


意識している相手だからか、助手席に乗るのにすごく緊張してしまう。