アキオなんか嫌い!
「お金なんてないんだから!もういい加減にしてよぉ!!」
わたしは、半分あきらめたような声で彼の背中へ言葉を投げた。
「しかたないじゃないか、俺だってさぁ、やられようと思ってやられてるわけじゃないだから!」
今夜も、アキオはパチスロで有り金すべてスられて帰って来た。
アイラの月給の半分は、毎月アキオのパチスロで代に消えている。
今月でちょうど半年目に入った二人の同棲生活は、今日で終わったとしてもなんの不思議もない。そんな状態だった。
「わたしちょっと出かけてくる・・・今夜帰らないかも・・・アキオなんか嫌い!」
ひとりごとのようにつぶやいて、アイラは部屋を出た。
「待てよぉ・・・」
アキオが、アイラを呼び止めようとした時には部屋の重いドアが閉じた後だった。
アイラは勢いで部屋を飛び出したものの、ひとりで行くあてもなく、心当たりの友人数名に電話を入れてみたが、誰も急な誘いに応じてはくれなかった。
どうしよう、このまま帰るのも少ししゃくだわぁ。
こんな気分の夜は、呑めるだけ呑んで、ぜーんぶ嫌なこと忘れちゃいたい・・・
駅裏の飲み屋街へと、とりあえず足を向けた。
普段のアイラなら、とうていひとりで見知らぬ呑み屋の暖簾をくぐる勇気など持ちあわせてはいなかったが、今夜は酔いたさがあっさりと勝った。
そして、一番最初に目についた居酒屋風の、こじんまりとしたお店の扉を引いた。
「いらっしゃい、お一人だったらこちらでどうぞぉ」
客の帰ったテーブル席の上を片付けていた店主らしい女性が、明るい笑顔をややかしげながら、カウンター席の椅子を引いてくれた。
「なんにします?」
カウンターの内へ移動した女性が注文を聞いた。
「えっと・・・酎ハイって何があります?」
アイラが云った。
「レモン、梅、トマト、カルピスってとこかな?」
「じゃぁ・・・トマトで」
「はい、トマト酎ハイね」
店には他に、テーブル席にカップルが一組と、女性同士3人組の客がいただけだった。
アイラが、二杯目のトマト酎ハイを飲み始めた時、新客が入ってきてアイラの隣に腰を下ろした。
「僕にもトマト酎ハイ」
彼は、慣れたような顔で、店主が訊くよりも先にオーダーした。
アイラと同世代の仕事帰りのサラリーマン風だった。
「ここのお店のトマトは、トマトが違うからひと味ちがうでしょ?」
馴れ馴れしく、話しかけてきた。
「えぇ、まろやかというか、甘みのあるトマトですね!」
アイラが答えた。
「舌が肥えてますね。素晴らしい!まさに、まろやかさと甘み、それが一発でわかるなんてさすがです。よく呑み歩いてんですかね?」
くったくのない笑顔で、彼が訊いてきた。
「いえいえ、わたし、ぜんぜんです。最近はほとんど外で呑むことなんてないんですけどね・・・」
「じゃぁ、ここも初めてですか?」
「えぇ・・・」
「だったら、ぜひ、ヒラメのエンガワの醤油麹を食べてみてください!嫌いじゃなかったら?」
「わたし、お魚系はダメなものはありません」
「じゃぁ、ママ、こちらにヒラメのアレね!」
「はい、じゃぁヒラメのアレの特別バージョンをお出ししましょうかね!」
ママも、ニコやかにノリ良く答えた。
「これ、おいしぃ~~~!」
そのヒラメのアレをコリコリと噛んで、飲み込んだ後、思わずアイラは声をあげていた。
正直、そのシコシコ加減と醤油麹の味付けが絶妙にマッチしていて最高だった。
「でしょ!!この店に来たら、これを食べなきゃ何しに来たのって感じでしょ?」
「ホントに、この世の中にこんなに美味しい魚がいたなんて、わたし今の今まで知りませんでした」
このヒラメのアレのおいしさと、3杯目の酎ハイがアイラの気持ちを大分和ませていた。
アイラとその彼は、酔も手伝って、初対面とは思えないほど打ち解けた雰囲気で会話を続けた。
深夜12時を回った頃。
「そろそろ・・・」
店主がカウンターのアイラと彼に声をかけた。
「もうこんな時間なんですね・・・」
アイラが店の壁に掛かった時計を見て云った。
「お姉さん、良かったらもう一軒どうです?」
彼が、当然というような顔で誘った。
「じゃぁ、今夜はとことん呑みましょうかぁ~」
アイラが応じた。
もう一軒、お酒じゃなくて、他の付き合いでもいいかも。
今夜は、どうせ帰るつもりなかったし、アキオとの仲なんてもう・・・
アイラは、そんなことを酔った頭のなかでぼんやりと考えていた。
「では、とりあえずここは僕が奢りますぅ!」
彼が、アイラの分も支払いを済ませた。
ふたりは店を出て、寄り添いながらほろ酔いで歩き出した。
そのまま真っ直ぐ、歩き続ければ駅裏のラブホテル街だ。
「ねぇ、ひとつ訊いてもいいですか?」
アイラが彼の手を掴みながら、横顔に問いかけた。
「はい?なんですか?なんでも訊いてください」
「今更なんですけど、わたしはアイラ、あなたは?」
「それは失礼しました、僕の名前はアキオです!アキオ君」
その名前を耳にした瞬間、酔が一気に覚めた。
自分でも不思議なくらいに、そんな気分じゃなくなってしまった・・・
大きなため息をひとつついて、アイラは云った。
「ごめんね、わたし今夜は、アキオなんか嫌い!」
「お金なんてないんだから!もういい加減にしてよぉ!!」
わたしは、半分あきらめたような声で彼の背中へ言葉を投げた。
「しかたないじゃないか、俺だってさぁ、やられようと思ってやられてるわけじゃないだから!」
今夜も、アキオはパチスロで有り金すべてスられて帰って来た。
アイラの月給の半分は、毎月アキオのパチスロで代に消えている。
今月でちょうど半年目に入った二人の同棲生活は、今日で終わったとしてもなんの不思議もない。そんな状態だった。
「わたしちょっと出かけてくる・・・今夜帰らないかも・・・アキオなんか嫌い!」
ひとりごとのようにつぶやいて、アイラは部屋を出た。
「待てよぉ・・・」
アキオが、アイラを呼び止めようとした時には部屋の重いドアが閉じた後だった。
アイラは勢いで部屋を飛び出したものの、ひとりで行くあてもなく、心当たりの友人数名に電話を入れてみたが、誰も急な誘いに応じてはくれなかった。
どうしよう、このまま帰るのも少ししゃくだわぁ。
こんな気分の夜は、呑めるだけ呑んで、ぜーんぶ嫌なこと忘れちゃいたい・・・
駅裏の飲み屋街へと、とりあえず足を向けた。
普段のアイラなら、とうていひとりで見知らぬ呑み屋の暖簾をくぐる勇気など持ちあわせてはいなかったが、今夜は酔いたさがあっさりと勝った。
そして、一番最初に目についた居酒屋風の、こじんまりとしたお店の扉を引いた。
「いらっしゃい、お一人だったらこちらでどうぞぉ」
客の帰ったテーブル席の上を片付けていた店主らしい女性が、明るい笑顔をややかしげながら、カウンター席の椅子を引いてくれた。
「なんにします?」
カウンターの内へ移動した女性が注文を聞いた。
「えっと・・・酎ハイって何があります?」
アイラが云った。
「レモン、梅、トマト、カルピスってとこかな?」
「じゃぁ・・・トマトで」
「はい、トマト酎ハイね」
店には他に、テーブル席にカップルが一組と、女性同士3人組の客がいただけだった。
アイラが、二杯目のトマト酎ハイを飲み始めた時、新客が入ってきてアイラの隣に腰を下ろした。
「僕にもトマト酎ハイ」
彼は、慣れたような顔で、店主が訊くよりも先にオーダーした。
アイラと同世代の仕事帰りのサラリーマン風だった。
「ここのお店のトマトは、トマトが違うからひと味ちがうでしょ?」
馴れ馴れしく、話しかけてきた。
「えぇ、まろやかというか、甘みのあるトマトですね!」
アイラが答えた。
「舌が肥えてますね。素晴らしい!まさに、まろやかさと甘み、それが一発でわかるなんてさすがです。よく呑み歩いてんですかね?」
くったくのない笑顔で、彼が訊いてきた。
「いえいえ、わたし、ぜんぜんです。最近はほとんど外で呑むことなんてないんですけどね・・・」
「じゃぁ、ここも初めてですか?」
「えぇ・・・」
「だったら、ぜひ、ヒラメのエンガワの醤油麹を食べてみてください!嫌いじゃなかったら?」
「わたし、お魚系はダメなものはありません」
「じゃぁ、ママ、こちらにヒラメのアレね!」
「はい、じゃぁヒラメのアレの特別バージョンをお出ししましょうかね!」
ママも、ニコやかにノリ良く答えた。
「これ、おいしぃ~~~!」
そのヒラメのアレをコリコリと噛んで、飲み込んだ後、思わずアイラは声をあげていた。
正直、そのシコシコ加減と醤油麹の味付けが絶妙にマッチしていて最高だった。
「でしょ!!この店に来たら、これを食べなきゃ何しに来たのって感じでしょ?」
「ホントに、この世の中にこんなに美味しい魚がいたなんて、わたし今の今まで知りませんでした」
このヒラメのアレのおいしさと、3杯目の酎ハイがアイラの気持ちを大分和ませていた。
アイラとその彼は、酔も手伝って、初対面とは思えないほど打ち解けた雰囲気で会話を続けた。
深夜12時を回った頃。
「そろそろ・・・」
店主がカウンターのアイラと彼に声をかけた。
「もうこんな時間なんですね・・・」
アイラが店の壁に掛かった時計を見て云った。
「お姉さん、良かったらもう一軒どうです?」
彼が、当然というような顔で誘った。
「じゃぁ、今夜はとことん呑みましょうかぁ~」
アイラが応じた。
もう一軒、お酒じゃなくて、他の付き合いでもいいかも。
今夜は、どうせ帰るつもりなかったし、アキオとの仲なんてもう・・・
アイラは、そんなことを酔った頭のなかでぼんやりと考えていた。
「では、とりあえずここは僕が奢りますぅ!」
彼が、アイラの分も支払いを済ませた。
ふたりは店を出て、寄り添いながらほろ酔いで歩き出した。
そのまま真っ直ぐ、歩き続ければ駅裏のラブホテル街だ。
「ねぇ、ひとつ訊いてもいいですか?」
アイラが彼の手を掴みながら、横顔に問いかけた。
「はい?なんですか?なんでも訊いてください」
「今更なんですけど、わたしはアイラ、あなたは?」
「それは失礼しました、僕の名前はアキオです!アキオ君」
その名前を耳にした瞬間、酔が一気に覚めた。
自分でも不思議なくらいに、そんな気分じゃなくなってしまった・・・
大きなため息をひとつついて、アイラは云った。
「ごめんね、わたし今夜は、アキオなんか嫌い!」