私の名は、ナタリー・マルグリット・ロムニエル。
ごく普通の17歳だ。
この学院に入学して、2年ほど。
もう2年生になった。
今までは、平凡で幸せな日々だったのに・・・
「アレン・・・」
隣を歩く恋人、アレン・ヘンリー・ジョーンズに呼びかける。
「うん?」
「・・・なんでもない」
「何だよ・・・」
「ううん、すごい普通で幸せだな、って」
学校から寮までの帰り道を一緒に歩くのが、付き合い始めてから、ずっと変わらない私たちの習慣。
そして・・・これも。
女子寮まで送ってもらい、人影のない場所で口づけを交わすのも、私たちの習慣だ。
照れたみたいな、優しい口づけ。
変わらない私たちの習慣。
「ん・・・っ」
「・・・おやすみなさい」
「あぁ。じゃあな」
そうやって、言葉を交わすことも。
こうやってごく自然に出た言葉さえ、叶うと信じられない。
アレンも、私も・・・
いや、この学院の生徒みんなが・・・
「お帰りー」
部屋に入ると、一足先に帰ってきていたルームメイトが勉強をしていた。
「ただいま。パトリシア、早かったのね」
「うん。ナタリーは、今日もアレンと?」
「もー、毎日同じコト訊かないでよぉー」
彼女は、パトリシア・フローラ・バークス。
栗色の髪に、水色の目がかわいい美少女だ。
「パトリシアも、ロルフが送ってくれたんでしょ?」
「もちろんよ」
パトリシアも恋人がいる。
ロルフ・ハインリヒ・ウィンスブルッグだ。
バスケが得意で、クラブではエースだとか。
アレンも、テニス部で一番の強さ。
誇らしい恋人だ。
私とパトリシアは、同じ新聞部。
それに、アレンとロルフもルームメイトだから、よく一緒に出かけたりする。
去年は、それぞれ、クラスメイトでもあった。
アレンとロルフは、先生たちの手を焼かせるコンビ。
まぁ、ロルフがやらかして、アレンが巻き込まれるパターンが多かったみたいだけど。
私たち4人は、とても仲良しだ。
でも・・・迫り来る戦争の影におびえていた。
アレンとパトリシアの故郷が、私たちの国と戦争を始めようとしていたからだ。
また、ロルフのふるさとも、中立を保とうとしていながら、対立を深めていった。
『明日』が叶う保証はどこにもない。
『明日』を生きている保証はどこにもない。
今夜にも襲撃されるかもしれない国境近辺には、いつだってその不安がある。
パトリシアの机の上に、新聞が置いてあった。
【緊迫する政情。戦争間近か】
眉をひそめたくなるような文字。
「これからどうなるんだろうね・・・」
「分かんないよ・・・」
私は、紅茶を飲みながら、うつむく。
パトリシアとおそろいのティーカップは、アレンとロルフが見立ててくれた。
進級祝いにと渡されたプレゼントだ。
かわいい花柄で、私もパトリシアも愛用している。
カップのぬくもりを手に包みながら、ため息をついた。
戦いたくない。
死にたくない。
何より・・・みんなと離れたくない。
そう思っていたのに・・・
「遅かったな、アレン」
「あぁ」
自室に戻ると、ルームメイトのロルフが煙草を弄んでいた。
「おい、煙草はオーギュスト先生に止められてるだろ」
「吸わないさ。いつまでもつか分からねえけどな」
「ったく・・・」
去年のクラスメイトであるロルフは、俺とはまた別の国からこの学校へやってきた留学生だ。
ルームメイトの発表がされたときは、正直、困惑した。
ロルフの少しばかり軽薄な空気感は、俺にはないものだったから。
実際のところ、第一印象だけでなく、ロルフは軽い奴だった。
煙草も、酒も、女遊びも、学年内で有名なレベル。
真面目なだけが取り柄の俺は、少々不安だった。
でも、今なら分かる。
去年の担任のキャロライン・ロイドバーグ先生は、正しい決断をした。
俺は、ロルフぐらい軽やかな相手がルームメイトでなかったら、会話もろくに出来なかっただろう。
同室の俺が過ごしやすい程度に空気を崩し、同室の俺が困らない程度に遊ぶ。
ロルフは、そういう芸当がいとも簡単にできる奴だ。
感謝している。
「そーいやさ」
「ん?」
「まーた、ナタリーとは進展なしか?」
「・・・そういうお前は、パトリシアと手も繋いでないだろ」
からかってくるロルフに言い返す。
平和で、穏やかな日常。
・・・ちゃんとキスはしてるからな。
心の中で、反論を付け加える。