その朝は、らしくないくらい早めに登校し、クラスメイトのエレノアとイチャついていた。
華やかな女子生徒を象徴するような太めのリボンに指を絡ませ、距離感をゼロにしていく。
俺が指を動かすたびに、エレノアがくすぐったげに笑う。
赤みがかった金色の髪が揺れて、可愛らしい。
「やぁだ、ロルフったら」
「いいだろ?」
「もぉ、パトリシアが可哀想よ」
「エレノアにだって、マイケルがいるだろ?」
俺と同じバスケ部のマイケルと交際中のエレノアだが、同郷ということもあってそれなりに親しくしている。
エレノアの白いあごに手を触れ、単なる級友では許されないであろう口づけを交わそうとしたとき・・・
激しい衝撃音で、身体がふらついた。
甘ったれた空気が吹っ飛ぶ。
「やだ、何・・・!?」
しがみついてくるエレノアを支えながら、校舎の窓から外を見る。
「・・・何だ、あれ」
学生寮から火が上がっている。
そして、北の国境地帯には、アレンの故郷の国旗が掲げられていた。
「戦争・・ってことか・・・?」
国旗の下に備えられた大砲や兵士たちを見る限り、それ以外の選択はないだろう。
恐れていた事態がついに訪れた。
おそらく・・・アレンやパトリシアの国、ナタリーの国、そして俺の故郷の3カ国が戦うことになる。
それは・・・最も悲しむべき状況。
「悪い、エレノア、先に逃げててくれ」
「え、でも、逃げるって・・・」
「たぶん、校舎の中でいい」
さっきから怒鳴ってる先生たちの声がそう言ってる。
「俺、行かねぇと」
行かなければいけない場所がある。
守らなければいけない人がいる。
きっとその人は・・・今、登校している最中で。
いつも通り、友達と笑いあっているはずで。
毎日のように、軽やかに微笑んでいるはずで。
「分かった。気をつけてね」
エレノアがうなずく。
俺は、階段を駆け下りた。
エレノアと逢い引きしていた2階の廊下から、全速力で校庭まで走り抜ける。
きっと・・・いるはずなんだ・・・
神様・・・
どうか・・・
彼女が無事でありますように・・・
「ロルフ!」
名前を呼ばれて、そちらを見ると、ルームメイトが走っていた。
そりゃもう、死に物狂いの形相で。
なりふり構ってない。
アレンは、とても走るのが速い。
その達者な足で、体育大会ではいつも花形だ。
バスケで鍛えているはずの俺でも、ついていくのが精いっぱい。
だが、今は、髪の乱れとか、そういうことは頭から消して、ただひたすら走る。
アレンもきっと、目指す方向は同じだろう。
「まだ・・・学校来てないよな?」
誰のことかは、言わずもがなだ。
「そのはずだ」
「まずいことになってなきゃいいんだが」
唇をかむアレンに、自分が重なる。
同じ気持ちだ。
俺が抱えてる不安と同じ気持ちだ。
「あれ・・・ん、アレン、・・・アレンッ!」
甘やかな声が響いた。
わずかにかすれ、震えた声。
その声は、校舎の入り口からだった。
ほっと安堵する。
逃げていたのだ。
助かっていたのだ。
「なた・・・ナタリー・・・!」
アレンも、声を震わせる。
クールを気取って、いつも感情を気取らせないアレンが、ナタリーのこととなると、ひどく感情的になる。
あの小柄な少女は、それほどの大きな存在なのだ。