『仕度をするよう、言ってもらえるか?』
『・・・え?』
『荷物の準備や家族への連絡を済ませなさい、と』
『・・・いいのですか?』
戸惑った。
『捕虜にするのでは・・・なく?』
『まさか。君たちに罪はないよ。それぞれの祖国まで送りはするが』
男性は、ふと私の背中越しに目をやった。
『・・・彼らは?』
ナタリーとアレンだった。
『私の友人です・・・』
『友人・・・は、その・・・亡くなったのかね?』
『・・・えぇ。つい、今しがた』
『そう、か・・・』
唇をかむ。
どうしたら、助けられたんだろう?
どうしたら・・・
どうしたら・・・
誰も絶望せずにすんだんだろう?
『遺族への連絡を、頼めるか?』
『・・・え』
『私たちがするより、よほどいいだろう。ことに、留学生で戦死した生徒には、同郷のものからがいい』
男性は、静かに言った。
「パトリシア!」
「・・・ロルフ」
「無事だったか!?ナタリーは!?」
「・・・っ」
「・・・おい、パトリシア?」
ロルフの目が見開かれる。
私が映る。
・・・血で染まった白いシャツが変に鮮やかだ。
「・・・まさか、そんな」
「ナタリー・・・が・・・?」
呆然としたロルフが膝を折る。
がくんと、ロルフの長身が視界から消える。
「嘘だろ・・・おい・・・」
また・・・
悲鳴が一つ増える・・・
絶望が一つ増える。
悲しみが増える。
痛みが増える。
・・・増えていく。
私たちは・・・どう生きればいい・・・?
どこかで、覚悟していた。
こんな光景を見ることになるのではないかと。
パトリシアの涙目。
傍らで泣きじゃくるアレン。
ぐったりと、力なくアレンの腕の中にいる血まみれのナタリー。
ひどく視界が真っ赤で・・・
血の色がぞっとするほど鮮やかで・・・
目を向けられないほどひどい状態のナタリーにすがるアレンは、日頃の強さなどかなぐり捨てていた。
何が起きたか、なんて。
分かるさ。
分かるさ、そのくらい。
俺バカだけど・・・
状況把握できるよ。
ただ、分からねえことがある。
どうして・・・
・・・逝っちまったんだ?
こんなの許されねえだろ。
こんなの残酷すぎるだろ。
最低だ。
めちゃくちゃだ。
こんなの・・・
こんなの・・・だめだ。
思っているのに、言葉にならない。
悲しいも苦しいも、身体から吹き飛んでいく。
涙だけが、ただ止まらない。
どうして。
どうして。
おいていけたんだよ・・・
俺たち、ずっと一緒だったよな。
ナタリーとアレンが惹かれあって、俺とパトリシアが付き合って・・・
それからずっと、ずっと、今まで一緒だったよなあ。
俺はお前が好きで。
でも、この想いは報われなくて。
それでも、そばにいてくれさえすればいいと願っていたのに。
なのに・・・
どうして、お前だけ先に逝っちまうんだよ・・・
なんでだよ・・・
なんで・・・
そんなひどいこと・・・
出来たんだよ・・・
次々と入ってくる異国の兵士たち。
誰もが血の通った人間だと、彼らは知っているのだろうか?
敵。
味方。
故郷。
異国。
そんなもので、そんなありきたりな単語でひとくくりに出来るほど、人間は小さくないと。
彼らは知っているのだろうか?
知っていて、なお銃は向けられるのだろうか?
誰も・・・
答えを知らない・・・
答えられない・・・
ただ・・・
分からないまま・・・
時間だけが過ぎていく・・・
ひどく静かに時間は過ぎていった。
まるで、痛みなんて感じていないかのようで、自分がひどく恨めしかった。
愛する人がこの世を去っても、日は昇る。
身体は空腹を訴える。
そういう自分を嫌いだと思った。
援軍は、いたって温厚に俺たち留学生を扱った。
3カ国間で取り決められたしばらくの休戦の間に、荷物をまとめるように指示し、俺たちはそれに従った。
加えて、彼らは、死んだ生徒の家族たちに手紙を書くよう、俺たちに言った。
死の通達は出来るが、最後の様子や遺した言葉を伝えることは出来ないから、と。
それぞれの墓標と、住所とを照らし合わせながら、俺たちは遺族に手紙を書いた。