『ナタリー!』
『今日テニスで全勝したんだぜ!』
『歴史のテスト、どうだった?』
『今度・・・街に出かけないか?』
『好きだよ』
『ナタリー』
『ナータリー』
愛おしい人の声が聞こえた。
深い深い眠りの中で、夢を見た。
血まみれの校庭。
倒れていく仲間たち。
そして、俺の腕の中で力尽きる恋人。
「あ・・・・・・・・・」
目が覚めて、周りが、意識が途切れる直前の景色と違うことに気づいた。
昨日の夜、眠った2階だ。
「くそ・・・」
摩耗した神経が変な夢を見せた。
嫌な夢だ・・・
ベッドから身を起こし、辺りを見回す。
誰もいない。
外の廊下から声が聞こえた。
男女が言い争っているようだ。
ナタリーと・・・もう一人・・・
誰だろう・・・?
身体を起こし、立ち上がろうとすると、くらりと目眩がした。
やはり疲れている。
体も心も・・・もうたぶん限界なのだ。
もう少し休むべきかもしれない。
だが、気になった。
ナタリーに会いたいと思った。
慣れない留学生活の中で、彼女だけが安らぎだった。
『おい、アレン!今週の新聞読んだか?』
『いや・・・どうして?』
『お前の事書いてあるぜ!』
『え・・・?』
ペアのティムが教えてくれたのは、テニスの試合での勝利を報告する記事だった。
『【テニス部の新星ペア、大会を制す】ってさ』
『へぇ・・・誰が書いたんだ?』
『同級生のナタリー・ロムニエル』
『知らないな・・・』
『美人ってワケじゃないしな』
そうは言われたものの、気になって、彼女のクラスをのぞきに行った。
『ナタリー・ロムニエルって・・・』
『あぁ、あの子よ』
同郷のパトリシアが笑って教えてくれた。
『アレンが女の子に興味持つなんてめずらしいわね』
『いや・・・俺について記事書いてたから』
『そういえばそうね。ルームメイトで、同じ新聞部だけど、ものすごく頭がいい子だわ』
『ふぅん・・・』
『ほら、あの金髪の子』
パトリシアが見た方向に視線をやる。
驚いた。
豊かな黄金色の巻き毛。
意志の強そうな、透き通ったブルーの瞳。
ふっくらした薔薇色の頬。
びっくりするほど愛らしかった。
いや、ティムが言っていたように、とびきりの美人ではない。
でも、明るく、優しげで、春の日差しのようだった。
一目惚れという感情を自覚した。
これが恋なのだと思い知った。
その想いが、果てない苦しみを癒やすただ1つの術だった。
ナタリーへ想いを告げ、その想いが受け入れられた。
幸福だった。
その幸福は、戦争という悲しみの中でさえ、揺るがなかった。
なのに・・・
悪い夢の続きかと思った。
俺の目の前で、唇を重ねる男女。
それは、どう見ても、ナタリーとロルフだった。