寮から、わずか数百メートルほどの校舎までの道のり。
校門をくぐった生徒と、わずかに遅かった生徒とで、命が決まった。
強固な校門が閉鎖され、そこから校舎までの範囲は守られたようだが、その外の国境近くは火の海だ。
敵軍は、私たちの寮を乗っ取り、そこから籠城戦に持ち込むことにしたらしい。
校門に入っていたかどうかで、生死の境が決定した・・・。
その恐怖と安堵で、どうしていいか分からず、私たちは泣いていた。
戦争が・・・始まった・・・
止まらない涙に、足の震え。
ただそれだけが、戦いという悲惨な現実を物語っていた。
「あー、寒いなー」
もう一枚シャツを重ねればよかったと後悔する。
いつもより、気温が低い。
身体を温めようと、テニスラケットをひゅんと一振り。
いつも通りの手応えと重み。
低血圧の恋人は、ちゃんと起きられただろうか。
金色の髪に寝癖がつく様子を想像して、顔がにやけた。
かわいいだろうな、と思ってしまうのは、俺だけの秘密だ。
テニスコートでは、毎朝の光景だ。
テニス部のみんなが、練習に励んでいる。
ダブルスでペアを組んでいるティム・ヨハネスバーグが、ちょっと長すぎるあごをなでながら俺に近づいてきた。
「アレン、今朝、北の方で変な音がしなかったか?」
「北の方で?」
「あぁ、なんか・・・爆発みたいな」
「さぁ・・・」
「ま、国境には軍が常駐してるし、大丈夫か」
1人で納得して、ティムがうなずく。
爆発音・・・ね。
北の方・・・といえば、国境だ。
そして、寮がある。
国境地帯に軍が常駐するようになったのは、ここ数ヶ月でのことだ。
隣国から敵軍が攻めてこないように、と。
しかし、彼らの言う敵軍とは、俺たちの祖国の軍のことだ。
祖国の軍から身を守るために、異国の兵に防衛される皮肉には、思わず苦笑いしてしまう。
「おい、アレン、試合するぜ」
ティムに呼ばれて、おぅ、と応じる。
さぁ、調子を整えなきゃ。
俺のテニスが世界一好きだと微笑んでくれる恋人のためにも。
練習試合だろうが負けるわけにはいかない。
俺の専売特許である噛みつくようなボレー。
ティムが打つサーブが素晴らしく鋭いこと。
どちらとも、この地方では有名なプレーとなりつつある。
デイヴィッドや、ジェイソン、ロビンにドナルド・・・
数多いライバルを打ち負かしてつかんだ一番手の座は、何としても譲れない。
改めて、その思いを強くする。
そして、また、テニスラケットを一振り。
その瞬間・・・
ドカーー・・・ン・・・ッ!
地鳴りのような大音量で、耳がふさがれた。
「・・・っ!?」
「なんだ・・・これっ!?」
そこかしこで、あがる悲鳴。
「おい、みんな、校舎に入れ!」
担任のヘンリー・リンドグレーン先生が怒鳴っている。
冷静沈着な雰囲気が女子生徒に人気なはずなのに・・・
先生らしくない。
そんなことをふと考えていた。
「何が起こったんですかっ!?」
キャプテンのデイヴィッドがものすごい形相で叫ぶ。
ヘンリー先生も、大声で答えた。
「国境から、敵軍が入った!寮を奪って、この学院を襲うつもりだ」
「敵軍・・・」
まさか・・・俺たちの国が・・・
この国を、この学校を、壊そうとした?