ただ、その後ろ姿を目に焼き付けようと思った。
あの人が誰を想っていてもいいから、と。
今、生きていてさえくれればいいから、と。
儚い思いを刻みつけるように、私はロルフの背中を脳裏に写した。
2階までアレンを運ぶ。
細身なヤツだと思っていたが、抱えた身体は意外と筋肉質だった。
軍人の息子なだけある。
その傍らですすり泣くナタリーに目をやった。
泣かせるなよな、とアレンに語りかける。
恋人を泣かせる罪は重いんだぜ、と。
アレンの身体をベッドに横たえてから、息をついた。
「はぁ・・・」
自分も疲れていたのだ、と自覚した。
神経を麻痺させて戦ってきた代償が、体中を痛めつけてくる。
「大丈夫?ロルフ・・・」
「ごめんなさいね、無理させて・・・」
「いや・・・ナタリーも疲れてるだろ、少し休めよ」
「えぇ・・・そうね・・・」
薔薇色の頬が、いつになく青い。
疲れか、不安か、それとも死へのおびえか・・・
ナタリーがアレンを見る目は、ひどく静謐だった。
「外の空気吸おうぜ」
「えぇ・・・」
死んだように眠るアレンを気にしつつも、ナタリーは立ち上がった。
肩を並べて、廊下を歩き出す。
『あの子かわいくないか?』
『どの子?』
『ほら、奥の金髪!』
『あぁ、新聞部の・・・』
『アレン、知ってんのか?』
『有名だよ。頭がよくて、すごくいい文章を書くから』
『へぇ』
『ナタリー・ロムニエルだろ』
「ひでぇもんだな・・・」
大砲を受けた廊下や教室には、アレンと恋心に胸を躍らせた日々の面影はなかった。
「そうね・・・」
「生き残ったのは・・・奇跡だよな・・・」
「えぇ・・・」
ナタリーの金色の髪が風に揺れる。
青い眼差しの光る横顔が絶望に陰る。
自覚しているのかそうでないのか。
全てがなまめかしく見える女というのは、少なからずいるものだ。
ある種の男を惹きつけてやまず、ぞくりとするほど妖艶な空気に包まれている。
そして、そういう女に惚れる男も、少なからずいるのだ。
あっけらかんと見せる笑顔。
素朴な癖毛の揺れ。
そんな隙間から、ふとのぞく色気に溺れる男というのも・・・確かにいる。
「叶うなら、みんなと一緒に生きていきたかったわ・・・」
そうつぶやいて、目を伏せる仕草が、ひどく綺麗に映って・・・
そこでなんだか・・・
俺は・・・
理性が限界まで飛んだ。
ナタリーを抱き寄せ、ブロンドの髪に手を埋める。
一瞬間、吸い込まれるような碧眼と見つめ合い、
俺は愛する人に口づけた。
何だか嘘のようで、拍子抜けしてしまった。
唇を離すと、その人は、ひどく困惑した様子で俺を見た。
罪悪感とも後悔ともつかない感情が胸を巡る。
「あ・・・・・・え・・・?」
「・・・っ」
「ロル・・・フ・・・?」
ナタリーが俺の名前を呼ぶ。
「今、私たち・・・キスした・・・?」
「・・・あぁ」
「嘘・・・なんで・・・」
「っ・・・、好きだからだよ・・・!」
死ぬなら、逝くなら、消えてしまうなら、全て吐いてからがいい。
「ずっと前から好きだったんだ・・・」