自分の発行した新聞を、誇らしげに掲示板に貼る後ろ姿。
異国の人でありながら、俺の国の言葉をよどみなく話す口調。
少し甘えた、でも気丈な声。
・・・ある人のことを考えていた。
『ロルフお兄様へ』
故郷の妹たちからの手紙だ。
戦争が近づいてきていることを案じ、家族のために国へ戻ってほしいと書いてある。
長男である俺は、やはり家を背負う役目にあるらしい。
両親、そして2人の妹・・・
家族を思わないわけじゃない。
でも、守りたいものがここにある。
『これからどうなるのかしら・・・』
不安げに前を見つめる聡明な眼差しが心を揺らす。
「くそ・・・」
煙草を手に取りかけて、やめた。
『煙草は匂いが嫌いよ』
そう言って眉をひそめたあいつを思い出したから。
ぐちゃぐちゃな頭の中を駆け巡るのは、なぜか困った顔ばかりだ。
俺の想いを知ったら、彼女が困惑するのをちゃんと分かっているからだろうか。
そうさ・・・
俺には、守りたいものがある。
それだけは揺らがない確かな思い。
それが・・・守るべきものかどうかは別として。
愛する故郷と、その地に住む家族。
そして・・・この地、この友人たち、それに愛する人。
心の奥から、迷いがにじむ。
俺が・・・
守るべきものは・・・
否、本当に守りたいものは・・・
何なんだ?
私たちの暮らす寮は、学校から少し離れたところにある。
ちなみに、登校は、アレンとは別だ。
テニス部の朝練があるアレンは、とても朝が早い。
身支度を調えると、すぐにテニス部のみんなと学校に行ってしまう。
食事は抜いてるっていうから、心配だ。
あれで、よく体がもつものだと感心してしまう。
低血圧な私は、毎朝、新聞部の仲間と一緒に登校している。
朝は苦手だ。
制服を着て、学校に向かい、食堂で食前の祈りをささげる頃、やっと目が覚める。
敬虔なクリスチャンには、まだなり切れていないみたいだ。
あぁ、神様お許しを。
アーメン。
「おはよー、ナタリー」
「ノエラ、アグネス、おはよう」
「おはよう」
パトリシアに、ノエラ、アグネス、そして私の4人が毎朝一緒に登校するメンバーだ。
「ねぇ、歴史のレポート終わった?」
「あ、やってなーい」
「私終わったよー、あそこ好きだから」
「中世ね-」
「ナタリーは、マルゴ王妃と同じ名前だから」
「マルグリットかー」
「えへへ・・・あのくらいモテたらいいのにね」
「じゅーぶんでしょー?」
「アレンとラブラブじゃーん」
「やだぁー」
そんな他愛のない会話をしていた。
エキゾチックな顔立ちのアグネスは、男子からの人気が絶大だ。
同じクラスのスティーヴンや、アーロンは、ベタ惚れだとか。
でも、アグネスには意中の相手がいる。
恋愛偏差値の高さで比べるとしたら、たぶん、この4人の中で一番じゃないかな。
ノエラは、そばかすに悩む眼鏡の女の子。
でも、キュートだ。
花壇の手入れが好きで、学校でも花の世話をしている。
女の子らしい趣味なので、洋服を見立ててもらうにはぴったりの子だ。
『新聞部のお喋りなコマドリ』。
そんなあだ名の4人。
そんな4人。
仲良しの4人。
いつも通りの朝の風景だった。
いつまでも・・・同じ時間が続いていくと思っていた。
そのとき・・・
ドカーー・・・・ン・・・ッ!
「っ・・・!」
「な・・・何・・・っ!?」
大きな爆音が耳をつんざいた。
その音を皮切りに、激しい銃声が続く。
「何よ、これ・・・・・・っ!?」
パトリシアが私にしがみつく。
「国境より敵軍侵入っ!」
「生徒は直ちに避難しなさい!」
先生たちが悲鳴を上げながら、みんなを誘導する。
私たちのいる校庭には、寮から登校中の生徒たちが大勢いた。