そのとき・・・
ガッシャー・・・ンッ!
何かの割れる音がした。
口の中に鉄の味を感じた。
手でぬぐってみると、唇を切っていた。
ついでに言うと、頭も痛い。
さっき割れたガラスで切ったかもしれない。
「お前がそんな臆病者だったなんてな、アレン!」
怒鳴られて、また頭が痛くなった。
「落ち着け、エミール」
「これが落ち着いてられるってのか!」
目の前で激昂しているのは、部活仲間のエミール・アンダーソンだ。
エミールは、俺より小柄で、格闘術の心得もない。
いたずらに拳を振り回してくるだけの攻撃を避けたら、エミールがケガをする危険もあった。
だから、とりあえず殴られてみた。
でも、こんなに憤りの声を上げられるくらいなら、避けて殴り返してもよかったかもしれない。
「俺は・・・援軍が来るまで攻撃はしない方がいいと言っただけだ」
「それが臆病って言うんだよ!」
もともとエミールとはそりが合わなかったが・・・
ときは、十数分前にさかのぼる。
「銃の使用許可をください」
エミールがヘンリー先生にそう申し出た。
「エミール・・・」
「それは・・・」
「・・・わけを聞かせろ、エミール」
先生は、あくまで冷静だった。
「俺は・・・友達を大勢失いました。あいつらが憎くて、許せないんです」
エミールは、ぎりりとまなじりをつり上げる。
「自分の目の前で友達を殺したヤツらがのうのうとしてるのが我慢できません!」
「なるほどな・・・」
「あ・・・あの・・・」
口を挟むつもりはなかったが、思わず声になってしまった。
「それは、間違ってると思う・・・」
「何だって?」
エミールが、引きつった形相でこちらをにらむ。
「あぁ、アレン、お前はあっちの出身だったなぁ」
「いや・・・違う、そうじゃなくて・・・」
「何が違うんだ」
「俺の家は・・・代々軍人の家系だ」
「・・・それがどうした」
「だから、家には、いつも周辺諸国の地図があった」
「何が言いたいんだ?」
「この国境近くには、3つほど砦がある」
「砦・・・」
「軍が駐在してるはずだ。さすがに、敵軍の侵入は知ってるだろう」
「どういうことだ?」
「もうしばらくすれば、援軍が来るはずだ」
伝えることが、誠実さだと思っていた。