君の生きた証~love in war~

「お帰りー」


部屋に入ると、一足先に帰ってきていたルームメイトが勉強をしていた。


「ただいま。パトリシア、早かったのね」

「うん。ナタリーは、今日もアレンと?」

「もー、毎日同じコト訊かないでよぉー」



彼女は、パトリシア・フローラ・バークス。

栗色の髪に、水色の目がかわいい美少女だ。

「パトリシアも、ロルフが送ってくれたんでしょ?」

「もちろんよ」



パトリシアも恋人がいる。

ロルフ・ハインリヒ・ウィンスブルッグだ。


バスケが得意で、クラブではエースだとか。




アレンも、テニス部で一番の強さ。

誇らしい恋人だ。
私とパトリシアは、同じ新聞部。

それに、アレンとロルフもルームメイトだから、よく一緒に出かけたりする。




去年は、それぞれ、クラスメイトでもあった。




アレンとロルフは、先生たちの手を焼かせるコンビ。

まぁ、ロルフがやらかして、アレンが巻き込まれるパターンが多かったみたいだけど。





私たち4人は、とても仲良しだ。
でも・・・迫り来る戦争の影におびえていた。



アレンとパトリシアの故郷が、私たちの国と戦争を始めようとしていたからだ。

また、ロルフのふるさとも、中立を保とうとしていながら、対立を深めていった。



『明日』が叶う保証はどこにもない。

『明日』を生きている保証はどこにもない。





今夜にも襲撃されるかもしれない国境近辺には、いつだってその不安がある。


パトリシアの机の上に、新聞が置いてあった。

【緊迫する政情。戦争間近か】


眉をひそめたくなるような文字。





「これからどうなるんだろうね・・・」

「分かんないよ・・・」


私は、紅茶を飲みながら、うつむく。



パトリシアとおそろいのティーカップは、アレンとロルフが見立ててくれた。

進級祝いにと渡されたプレゼントだ。


かわいい花柄で、私もパトリシアも愛用している。




カップのぬくもりを手に包みながら、ため息をついた。






戦いたくない。

死にたくない。

何より・・・みんなと離れたくない。




そう思っていたのに・・・
「遅かったな、アレン」

「あぁ」



自室に戻ると、ルームメイトのロルフが煙草を弄んでいた。



「おい、煙草はオーギュスト先生に止められてるだろ」

「吸わないさ。いつまでもつか分からねえけどな」

「ったく・・・」




去年のクラスメイトであるロルフは、俺とはまた別の国からこの学校へやってきた留学生だ。

ルームメイトの発表がされたときは、正直、困惑した。





ロルフの少しばかり軽薄な空気感は、俺にはないものだったから。


実際のところ、第一印象だけでなく、ロルフは軽い奴だった。

煙草も、酒も、女遊びも、学年内で有名なレベル。




真面目なだけが取り柄の俺は、少々不安だった。




でも、今なら分かる。

去年の担任のキャロライン・ロイドバーグ先生は、正しい決断をした。






俺は、ロルフぐらい軽やかな相手がルームメイトでなかったら、会話もろくに出来なかっただろう。



同室の俺が過ごしやすい程度に空気を崩し、同室の俺が困らない程度に遊ぶ。

ロルフは、そういう芸当がいとも簡単にできる奴だ。




感謝している。





「そーいやさ」

「ん?」

「まーた、ナタリーとは進展なしか?」

「・・・そういうお前は、パトリシアと手も繋いでないだろ」




からかってくるロルフに言い返す。

平和で、穏やかな日常。






・・・ちゃんとキスはしてるからな。

心の中で、反論を付け加える。
ナタリーは、可愛らしい恋人だと思う。

愛嬌があり、優しく、とてもいい子だ。



一時期は、俺とロルフと争ってたほど・・・



ちらりと、ロルフのはしばみ色の目を伺うが、その瞳に、嫉妬の影はない。




・・・もう吹っ切れたんだろうな。

ナタリーは、俺を選んだ。

そして、パトリシアがロルフに恋をし、ロルフはその想いを受け入れた。




こういう状況で、未練があるなんてことはあるまい。


もともと、ロルフは遊び人の傾向があるし、ナタリーにもゲームをするような気持ちで近づいたんだろう。



今だって、パトリシアがいながら、クラスメイトの誰かと浮気寸前のことをやっているという噂だ。

まぁ・・・・・・あくまで噂だけど。
大丈夫・・・だよな。



成績も最近は上がっているし、恋人との関係も良好。

テニス部でもうまくいってる。

申し分の無い日々だ。




ただ・・・と、本棚を探る手が、数学の教科書の前で止まる。





ただ1つの不安は・・・やはり戦争。

祖国と、恋人の国が戦うのは本望ではない。
「覚悟、決めたか?」

「え・・・?」

「自分の国へ戻るか?それともここへ残るか?」

「っ・・・」



ロルフの言葉に、思わず言葉が詰まる。



「どうすれば・・・いいんだろうな・・・」




ロルフの吐く紫煙が、目の前を煙らせる。


いつものことのはずなのに・・・





あたりを闇に染める暗雲の接近が、恐ろしいほど鮮やかに感じられた。