君のそばにいるだけで。


 あたしは、あの日以来恋をする事をやめた。

別に、男に悲しい思い出があるとか、そんなんじゃない。

 ただ、男に呆れただけ。


今まで男を見てきて、男というのは、女に縋り付いて生きていく生き物としか思えていなかった。

君に逢うまでは。

高1の夏。

あたしはいつものように、親友の希姫とはしゃいでいた。

「やっぱ、夏は暑いねー。」
と、希姫がシャツで仰ぎながらつぶやいた。

「そうだねー。コンビニでも行って涼もうか?」
とあたしは訊いた。

「いいね!んじゃ、優愛行こ!」

「オッケー!アイスでも買う?」

希姫とは、保育園からの親友で、結構気が合う。

 コンビニの前に着くと、即効ダッシュで希姫が店内に入っていった。

「ちょっ、早すぎ!」

あたしは、希姫の後を追いかけた。

すると、

ドン!

誰かとぶつかってしまった。

「優愛、大丈夫!?」

と希姫が心配そうに覗き込む。

「イタタ・・・うん、大丈夫だよ。」

と、ぶつけた鼻をさすりながら言った。

「あの、すんません。」

と声がした。振り向くと、背の高い男の人が二人立っていた。

一人は黒髪で真っ黒の瞳をしていた。もう一人は、茶髪で少しチャラそうにも見える。

「あ、大丈夫です。」

と答えた。

「なら良かった、じゃあね。」

と黒髪の人が答え、茶髪の人とコンビニから出て行った。

 すると、希姫が

「ねぇ!茶髪の人カッコよくなかった!?」

と目を輝かせながら訊いてきた。

「ん~そうかなぁ?」

男に何も感情が湧かないあたしは、何とも思わなかった。

それを聞いた希姫は、

「カッコいいって!やばい、あたし一目惚れしたかも!」
と希姫は一人ではしゃいでいた。



男に興味を持たないあたしは、どれだけカッコいい人を見ても、何とも思わないだろう。
 

 あの日から、あたしはそう思い続けていた。
これからもその思いは変わらない。



 はずだった。



君との始めての出会いは、このコンビニだったね。


 今では、君の真っ黒の瞳を見ることさえ出来なくなってしまったね。
いつから未来が狂い始めたのだろうか。


 ただ、君のそばにいたいだけで、一緒に幸せを歩みたかっただけなのに。
人生はどうして、こんなにも上手くいかないのだろうか。



お互いに惹かれあい、すれ違い、傷つけあい、あたし達は自分の手で、この関係を崩しあってきたね。


今はまだ、こんな運命になるなんて、考えもしていなかったんだ。

 あの後も、希姫は茶髪の人の事ばかり話していた。

「やばい、あんなにカッコいい人見たの初めてかも!」

「男なんか、どれも同じのしかいないでしょ。」

とあたしは、呆れながらつぶやいた。

すると希姫が、
「あ、そーだ!またコンビ二行こうよ!」

「今日?」
「うん!」

理由は聞かなくてもわかっていた。

「あの人に逢いたいから?」

「うん・・・」

と顔を少し赤らめながらつぶやいた。

あたしは、本当にあの人の事が好きなんだと思った。

顔を赤らめる希姫の姿を見て、羨ましいという思いもあった。

 でも、あたしはあの日から、男の人を愛するという感情を持たなくなった。
持てないと言った方が、今のあたしに合うと思う。

「分かった。じゃあ、4時ぐらいでいい?」

「やった!うん4時でいいよ!」

パッと顔を明るくさせて答える。

「はいはい。あもう少しで授業始まる!」

と、あたしは話を変えて、自分の席についた。


チャイムが鳴ると、ハゲの担任が教室に入ってきた。

「今日は、このクラスに入る転校生を紹介する。」

担任が言うと、生徒は皆、騒ぎ始める。

「女!?男!?」

「美女!美女!」

「カッコいい人がいい!」

 騒がしい生徒に先生は、

「静かに!それじゃあ、紹介する。今日からこのクラスメイトの大野純平だ。」

そう言うと、皆の声は静まり、今から来る転校生に期待を膨らませていた。

 希姫も目を輝かせて待っている。

 そして、出てきたのは、見覚えのある顔だった。それは、コンビニで逢った、黒髪の男子だ。

次の瞬間、あたしと純平は目が合い、すぐに視線を床に落とす。

担任が、

「大野は、佐々木優愛の隣の席に座れ。」

あたしは、担任の言葉に目を大きく見開いた。

 純平は、何のためらいもなく、あたしの隣の席に座った。

あたしは、隣にいる純平に戸惑っていると、

「よろしくな!」

と、純平から声をかけてきた。

純平の真っ黒の瞳があたしを見つめる。

あたしはただ、

「うん。」
と、頷くだけだった。

 

 授業が終わると、即、希姫に呼び出された。

「優愛の隣、前の人だったじゃん!」

希姫は、興奮気味に訊いてきた。

あたしは、ニヤつきながら訊く希姫に、

「そうだね。てか、隣のクラスに茶髪の子いるみたいだよ?」

と、わざと言った。すると、希姫は顔を赤らめて、

『そんな事、大きい声で言わないでよ!隣のクラスに聞こえちゃうじゃんっ!』

と小声で言ってきた。

「はいはい、分かったよ。それよりさ、その茶髪の子の名前分かるの?」

「当ったり前じゃん!松本来夢っていうんだって!」

「へぇーそうなんだ」

あたしはやっぱり、その男子達に興味が湧く事はなかった。

「ていうか、優愛の隣の純平って子、どう!?」

「どうって・・・普通?」

 本当に普通としか言えなかった。でもなぜか、純平の真っ黒な瞳に吸い寄せられた。

「純平くんもカッコいいよねー!でもやっぱりあたしは、来夢だなぁ」

と希姫が呟く。

この話の後も他愛のない会話をしていると、2時限目のチャイムが鳴った。

「やばっ!早く教室入らないと!」

あたし達は慌てて、教室の中に入っていった。

 あたしは、昨日まで隣に誰もいなかったから、純平の姿があることで、違和感を感じた。

 授業が始まると、純平がためらいがちに、

「教科書、忘れたから見せてくれる?」

と訊いてきた。

 あたしは純平の真っ黒の瞳に見つめられて断ることが出来なかった。

あたしは、しぶしぶ机と机の間に教科書を置いて一緒に見た。

 「ありがとな、優愛!」

急に、優愛と言われて胸の鼓動が早くなるのを感じた。



 いきなり名前で言われたのに、なぜだか馴れ馴れしいとは思わなかった。

まるで、昔から出会っていたかのように。

 それよりも、さっきからあたしの鼓動がおかしくなっている。

あの日以来だ。

こんなに男子にドキドキしたのは。

固まっているあたしに、純平が、

「どーした?優愛、大丈夫か?」

と、心配そうに覗き込んでくる。

 バクバクと音を立てて鳴る鼓動に苛立って、あたしは、

「何!もうさっきからうるさい!」

と理解できない苛立ちをいつの間にか純平にぶつけていた。

目を見開いて驚く純平に、ごめんと謝る前に、

「ハハッ、ごめん。心配のしすぎだったな。」

と、笑いながら言った。

 あたしは少し顔を赤らめた。

 心配されてほんの少し期待している自分がいることに驚いた。

でも、あたしは気づいてたんだ。

 今の君の笑顔の後に、一瞬、悲しい顔を見せていたことを。

あたしは見ていないふりをして、

「ごめん。あんな事言うつもりじゃなかったから。」

と言った。

 さっきの悲しそうな顔は一体なんだったんだろう?

訊きたいけれど、訊いたらいけない気がして結局、訊くことはできなかった。


 あの転校してきた初日から、純平はクラスになじんでいた。

積極的で、明るい、皆の中心的な純平は、ルックスも良いということで、男子にも女子にも人気者の存在となった。

 純平は初日早々、違うクラスの女子に告白されたそうだ。

まあ、断ったらしいけど。

あたしはそれを聞いて、少しうれしい気持ちがあった。

あたしは多分、純平の事が気になっているかも知れないと、気づき始めていた。

 そんな中、希姫はまだ来夢のことが好きみたいだ。

そして、今日思い切って、あいさつを交わせたと喜んでいた。

希姫の喜ぶ姿を見て、あたしもつられてうれしくなる。

希姫と来夢は進展してきてるみたいだし、あたしも進展させたいと、秘めた心の中で思い始めた。

そして朝、担任が

「これから一年間、席替えはない。この席で一年を過ごすように!」

と言っていた。

皆は、ブーイングの声や嬉しい歓声をあげている人もいた。

 そんな中、純平があたしを見つめて

「これから半年、よろしくな!」

と、あたしの頭をポンポンと叩きながら言ってきた。

心臓の鼓動が鳴り止まない。

 きっと今、あたしの顔は、タコの様に真っ赤になっているだろう。

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