「ヒヨコはとにかく寒さに弱いんだ。人間が快適に思う温度は、ヒヨコにとっては寒すぎる。」

「うん。」


夏目と並んで歩きながら、バス停に向かった。

ヒヨコの飼育に必要なものを、夏目が準備してくれるというのだ。

私は一緒に行きたいとせがんで、渋る夏目を頷かせた。

いつもまとめている髪を下して、私服を着れば、生徒になんて見えないはずだ。


「先生って一人暮らしでしょ。」

「ああ。」

「どうやって来てるの?」

「電車で来てる。……あ、いや、免許は持ってるんだ。でも訳あって車は実家に放置してるから。マンションに駐車場ないし。」

「ふーん。ペーパードライバー。私、先生に運転してほしくないな。」

「ひどい言い方だな。安心しろ、お前を乗せたりしないから。」


夏目は苦笑いする。

いつもそうやってごまかして。

でもその笑い方が、私は好きだったりする。


バス停でバスを待っている間、他愛のない話をして笑いあった。

私は、そんな些細なことで十分幸せを感じられた。

それは、今まで手にしたことのないものだった。


「バス来たよ。」

「ああ。」


二人掛けの座席に隣り合って座る。

バスが知らない場所に向かって発進する。

なんだかドキドキする。


「デートみたい。」

「ばか。」


夏目はぴしゃりと言って、窓の外なんか見ている。


「先生、」

「なんだ。」

「……何でもない。」


構ってほしくて話しかけたのに、夏目ときたら笑いもしない。

しばらく無言で時が過ぎて行った。


「小倉。」

「なに?」

「……お父さん。」

「え?」

「おまえ、あれからお父さんと会ったか?」

「ううん。でも一度だけ電話がかかってきた。」

「なんて?」


私が答えないでいると、夏目は急に慌てた顔で言った。


「いや、いいんだ。すまない。そんなこと、俺に聞かれる筋合いはないもんな。」

「一緒に住めないって。まだ一緒に住めないって言われた。」

「そうか……。」

「ほっとしたんだ、私。」

「え?」

「だって、私まだ、あの人のことお父さんって呼べないもん。」


夏目はそっと微笑んだ。


「そうか。」

「この前、ごめんなさい。怒ったりして。」

「いや・・・」

「先生の言ってること、間違ってないよ。でも、私まだ、あの人のこと信じたいんだ。もうちょっと、待ってみたいんだ。」

「分かってる。分かってるから。」


夏目は繰り返すと、ふっと笑った。


「もう着くぞ。」


こんなに長く夏目の横にいられるなら、夏休みって悪くない。

私はうなずいて、夏目に笑いかけた。