ワインお作りします



言いながら渡したいものは何故だかしっかりポケットにある。
夢だから何でもありなのか?

だけど。

これ、一応夢だと思うし。
現実でお前が目覚めてから言いたいとか…
言ったら怒られるかな。

「また次に出かけた時に言う。」

これなら嘘にはならない。
この夢の終わりも知らないけどな。

「…わかった。」

ちょっと納得してなさそうな顔で渋々彼女は頷いた。


二人でもう一度桜を見上げる。
本当に幸せな夢だ。


***


空を見上げていると急に視界がゆがんだ。

あ、戻る。
そう思った。




(やっぱりな…。)

起きたらそこは病室だった。
ワインもない。
俺は彼女のベットに伏せるようにして寝ていた。

どこから夢見てたんだろうな…。

あの店も夢だったのか?
俺、疲れてる??

水でも飲もうと立ち上がろうとした時、ピンク色のものが目に入った。

「さくら…?」

それは桜の花びらだった。
今はまだ冬。
花びらはすべて蕾のはずだった。

夢のはずなのに。

「ん……。」

「え?」

戸惑っている俺に声が届く。
彼女の声。

彼女の方を見ると薄らと目を開けていた。

「…あ…れ?桜…見てたのに…?」

寝ぼけている。
彼女も同じ夢を見ていたんだろうか。

…じゃない!!

慌てて俺はナースコールを押した。




次の日。
彼女はもう一度夢に落ちる事はなく、精密検査を受け、結果は良好だった。

俺はというと、検査について回るのを彼女に断られて、仕方なくぶらぶらしていた。
せっかくだから昨日のワイン屋でも探すつもりでウロウロしているのに、その店は見つからなかった。

「確かこの辺だったはず…。」

本当に何処にもない。
不思議な店。

「ま、いいか。」

いつもの道に不意に見つけただけだった。
店を見つけたのも本当に夢かもしれない。

不思議な店員だったしな。
嘘くさかったし。

誰に言っても信じないだろう。
それでもいい。

彼女が目覚めた。
夢でも何でもいい。


それだけで俺はしあわせだった。


未来なんて信じてなかった。
だけど。
しあわせな未来は案外近かった。




"ワインお作りします"

路地裏にある小さなお店。
その入口にある看板。

きっと普段なら目にも止まらない。
そもそも未成年はワインなんて飲めないしね。

大人はズルい。
飲んで、酔って、自分を忘れられるんだから。
都合が悪い事は全部忘れる。
お酒のせいに出来る。
そんな大人にはなりたくない…けど、今はそんな大人が羨ましい。

追い出されるのを覚悟で、思い切って扉を開けると、中から葡萄の香り。
ワインって葡萄から作るんだもんね。
中はおしゃれな喫茶店みたいだった。

「いらっしゃいませ。」

不意にすごく優しい声がして、見てみると、シャツを着た男性が立っていた。

「おや?その制服…懐かしいなぁ。」

店員さんはニコリと笑って目を細めた。

「ワイン、高校生でもいいの?」

私の突然の問い掛けに店員さんはクスリと笑う。

「本当はダメですけど…この店にあなたは来れた。だからあなたにはワイン、お作り出来ますよ。」

「飲んでもいいの?」

「イイとは言いにくいですけど…飲めるようにお作りします。」

まるで子どもに言い聞かせるように言う。
だけど、不思議とバカにされている気はしない。

「お酒入れないの?」

「そうとも言えるし、違うとも言えるかな。」

店員さんはまた楽しそうに答えた。




「どういうこと?」

結局お酒を入れないのなら、意味がない。
私には大人みたいに飲んで、酔って、忘れたい事がある。

「大丈夫です。魔法のワインですから。」

店員さんは見透かしたように言う。
そして、ニコニコととても楽しそうに私の前に七色の瓶を並べた。

「どれにします?」

どれも綺麗な瓶だけど、私は一目で一つを決めた。

「これ。」

指差したのは紫。
少し深みがあって綺麗だった。

「紫ですね。あぁ、だからあなたはお店に来れたんですね。」

店員さんは納得したように私と瓶を交互に見る。

「どういうこと?」

「紫は大人になるワイン。大人って定義が難しいんですけどね。」

「全然解らないんだけど?」

一人納得する店員さんにクレームを話すとまた彼はニコリと笑った。

「簡単に言うと、飲むと急に少し年を取るって感じです。」

そんなの非科学的…って言おうとしたけれど、この店員さんにはいくら言っても意味がなさそう。
まるで柳みたいな人だった。

「では。」

楽しそうに棚から取った葡萄を瓶に入れる。
瓶の中では葡萄がくるくる回って液体になっていた。

やっぱり非科学的だ…。




「後はこれを軽く想いを込めて回して下さい。」

店員さんはスッと瓶を差し出した。

回したくらいでワインなんて…と言う私の予想に反して瓶の中身はさらにワインのように紅い色が深くなった。

もう非科学的でも何でもいいや。
それほど別に科学だって好きじゃない。

「魔法みたい…。」

「魔法です。」

彼は嬉しそうに私から瓶を受け取り蓋をして紙袋に入れた。

「どうぞ。」

「……。」

本当にくれた。
未成年にワインは違法なんですけど?

「大丈夫です。」

店員さんはまた見透かしたように言葉を発する。

「お金は…。」

「要りません。あなたの今ワインに込めた気持ちがお代です。」

「……。」

やっぱり変。
毒でも入って…

「入ってません。」

「……。」

心が読めるんだろうか…。

「一人で飲んで下さい。」

店員さんはニッコリ笑顔で送り出してくれた。





家に帰って紙袋から瓶を出す。
とりあえず夢ではなさそう。

軽く挿してある栓を抜いてコップに移すとやっぱり綺麗な紅だった。

(飲んじゃえ…!)

思い切って飲むと世界が回った。
酔わないって言ったのに。


          *


「ん…。」

起きたら自分の部屋じゃないところに居た。
見渡す限り独り暮らしの1LDK。

どうやら結局あのまま寝て、夢の中ってとこかな…。

お酒で忘れたかった事もしっかり覚えてる。
そんなに都合よくは行かないのか…。

…にしても…。
夢であって欲しい。

店員さんは『大人になるワイン』と言っていたけど…
未来だとは言ってない。
夢であって欲しい。

目の前のゴミに気付くと缶ビールが3、4…6、7缶。
こんなに一晩で飲んでる独り暮らしの女ってやばくない…?
え、酒に逃げる大人ってこうなるの…?

うんざりしながら缶を拾うとしたから写真が出てきた。

(あ……。)

まさに、今、一番見たくないモノ。

親友と私の好きな先輩が仲良く並んでる。
しかも下には『結婚します』なんて書いてある。

お酒の原因はこれなんだ、と理解する。




(こんなに呑んでも忘れないんだ…。)

悔しくて辛くて一晩で忘れてやろうと飲んだ結果、酔い潰れた設定みたい。
夢まで今の気分通りなんてね。

ま、いっか。

「………。」

とりあえず外に出ようと鏡を見た瞬間、絶句。
酔い潰れて化粧のまま寝た、バケモノみたいな顔を目撃。
髪もボサボサ。
肌も荒れ荒れ。

(ありえない…。)

本当に夢であって欲しい。

もしもこれが夢でなくて未来だとしたら悪夢だ。
高校生だから若いからってそこまで気は使っていないものの、こんなに醜くなるほど手を抜いているわけでもない。

言葉を無くしていると携帯のアラームが鳴った。
アラームを止め、画面を見てまた絶句。

「今日結婚式?!」

思わず一人なのに叫ぶ。
画面には

《親友と先輩の結婚式》

…と出ていた。

よく見ると写真は招待状だと解る。
それから、またこの惨劇に納得する。
招待状が届くくらいだから、ずっと二人には黙ってたんだろうな…。

仕方なく支度を始めた。
幸い、ドレスなんかは自棄にならず綺麗に用意されていた。





(何とか着いた…。)

目覚ましもギリギリ。
よっぽど行きたくなかったのだろう。
必死で支度して間に合った。

会場に着くと彼女からもらったメールに書かれた花嫁の控室を見つけた。


コンコン。


「どうぞ。」

「入るよー。」

中に入ると真っ白なドレスを纏った彼女が居た。

「来てくれたんだね。」

「うん。」

「ありがとう。」

彼女はニッコリ笑う。
本当に綺麗で可愛い。

彼女とは幼稚園から一緒。
いつだって敵わなかった。
ふんわり花のような笑顔を持ってるのに芯は強い。

先輩も彼女の笑顔を好きになったと言っていた。

その気持ちは私も解る。
だから諦めるしかなかった。

「じゃ、会場で待ってるね。」

「あ。待って。」

「ん?」

「これ。」

彼女からスッと手紙が差し出された。