──俺は、間違っていたのだろうか。
あいつの泣き顔が、何度も脳裏を過ぎる。
「好きです」
その言葉も、何度も木霊する。
泣かせたくない。
悲しませたくない。
好きだ。
好きじゃない。
守りたい。
守ってはいけない。
側にいたい。
いては、いけない。
心の中で、様々な想いが葛藤する。
俺達は敵同士なのだから。
結ばれてはいけないのだから。
小松を守るのは、俺ではなく、他の誰かだ。
例え傷つこうとも。
あいつを泣かそうとも。
小松に言う言葉は、一つだけ。
「──すまない」
忘れろ、俺のことを。
忘れろ、今までのことを。
俺を嫌いになってくれ。
あの過去は──どうやっても、消すことなど出来ないのだから。
それからは、大騒ぎだった。
小松がいなくなったことで。
原田さんや沖田さんは、大慌てで小松を探していた。
……俺が原因なのだが。
小松はようやく庭から戻り、片付けなどをやっていたが、その目は腫れていた。
当然のことだが、小松は俺の部屋にも来なかった。
副長の部屋へ移ったことが、夜の屯所内の見回りで明らかになった。
これでいいんだ。
こうすべきだから、これでいいんだ──。
──
───
────
それから数日経って、副長に呼ばれた俺はその部屋へと向かった。
「副長、お呼びですか」
「あぁ。入れ」
スッと障子を開くと、副長の後ろ姿が視界に飛び込んでくる。
副長は俺が入ったことを確認すると、筆を机の上に置き、こちらに体を向けた。
「御陵衛士の件で、少し話がある」
「はい」
「実はな……斎藤を、新選組の間者として向こうに送っていたんだ」
その言葉に驚いて、少なからず動揺した。
それは、どういう……
「言っていなくてすまなかった。これは、俺と局長の間で極秘とされててな」
「そうだったんですか」
ということは……斎藤さんはこちらの味方ということか。
「それで、どうすればよろしいのですか」
「あぁ。斎藤には、何か情報を掴んだらすぐお前か小松に知らせろと言ってある。だが……お前も分かるだろう、こちらの動きを向こうに知られれば終わりだ」
「はい」
副長はそう言うなり、意を決したように俺を見つめた。
「裏に玄関がある。夜になったら、そこの一番近い部屋に行け。その部屋についている小さな扉から、外の様子が見えるはずだから、もしも斎藤が来たらそこから聞いて、すぐ俺に知らせろ」
「はい」
「お前の場合、他の仕事と両立しなければならないが……小松だけに任せるわけにはいかないからな。大変だろうが、頼んだぞ」
「承知しました」
そう言うと、俺はさっそく仕事へ向かった。
──
───
────
仕事の前に、小松と打ち合わせをしなければならない。
その為に部屋へと向かったら、既に小松は来ていた。
これは仕事。
淡々と、どっちが先にやるかなどを決めると、俺はそそくさと部屋を出ようとした。
「昨日の、私の告白……なかった事にして」
しかし、ぽつりと部屋に響いた小松の言葉。
それが耳に入ると、俺の足も止まる。
「……」
「元に戻りたいよ……こんな、よそよそしい感じは嫌だ……」
ふと小松の顔を見ると、その表情は今にも泣きそうだった。
ぐ、と拳を握りしめ、また溢れそうになる感情を抑える。
「元に戻ることは出来ない」
もう、戻らないと決めた──。
忘れてくれ。
俺のことを嫌いになってくれ……。
また踵を返した俺に、小松は言った。
「私達、いつか会った事があるの……?」
ドクン、と心臓が跳ねる。
まさか思い出したのか?
だが、小松の口振りからして、それはなさそうだ。
「山崎は覚えているんじゃないの?」
「──思い出さなくていい」
「え……?」
もういい。
敵同士だが……お前はそのまま、あの時代に帰ればいい。
「お前は、知らなくていい。そのまま未来に戻り、幸せになった方がいい……」
そう言い捨てると、俺は今度こそ、その部屋から出たのだった。
──
───
────
自分の気持ちがあやふやなまま、新たな事実が発覚した。
俺もあの部屋にいたが、斎藤さんが来たのは小松が見張りをしている時だったらしい。
そして、伊東さん達が企んでいるのは、近藤さんの暗殺──。
それを止めるべく立てた計画は、近藤さんが直接伊東さんと酒を飲み交わし、酔いつぶれたところを暗殺するという物だった。
その伊東さんの体を路上に晒し、御陵衛士の隊士達を集め、それを襲撃する──。
俺や副長は、もしもの事を考え屯所に待機。
──しかし。
その計画を実行するとき、沖田さんが姿を消したのだ。
沖田さんは最近体調が悪くて、休んでいるはずなのだが、布団が乱雑にめくられ、刀もなく、その部屋にはもういなかった。
「──山崎っ!」
そして、俺や副長が探しているとき、玄関から小松の声が聞こえ……
慌てて駆け寄ると、そこにはもう既にぐったりと小松に体をもたれかけさせる沖田さんがいた。
「総司!てめぇ……どこに行っていたのかと思えば……っ!」
副長が怒鳴ってもなお、沖田さんは息を荒らげたままだ。
「土方さん、怒るのはあとにして下さい!山崎、沖田さんの看病しておいてっ!」
小松はそう言いながら、今度は俺の元へと沖田さんの体を預けてくる。
「分かった、お前は早く行け」
俺がそう言うと、小松は返事をするなり、また夜の町へと駆けて行った。
沖田さんの口元には、血が付いている。
池田屋の時のが、悪化したのか──。
「……山崎、総司を頼んだ」
副長の言葉に頷くと、俺は沖田さんを部屋に連れて行き看病をした。