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小松が気を失ってから、三日目の朝。


いつ小松が起きてもいいように、粥を用意したりしていた。


だが、一向に目を覚ます気配はない。


人が目の前で死んだのが、よっぽど衝撃的だったのだろう。


小松の前で殺すべきではなかった。


しかし打つ手はあれしかなかったのだ。


小松を守るためには──。


あのような行動を起こさなければ、小松は確実に殺られていたのだから。


そんなことを考えながら、俺はいつの間にか……小松の側で寝ていた。




「山崎……?」




そして、どれだけの時間が経ったのだろうか。


小さな声が聞こえ、ゆっくりと視界に光が入る。


そこには、目をさ迷わせている小松の姿があった。




「小松、起きたのか……?」


「……うん」




その返事を聞いた途端、俺の中には、安堵した気持ちと、ほんの少し怒りのような気持ちと……様々な思いが混じっていった。


いつの間にか、体が勝手に、小松を抱きしめていた。







「この間言ったはずだ。もしもの場合は、すぐに離脱しろと。お前、三日も眠ってたんだ」




硬直している小松をよそに、俺の口からはそんな淡々とした言葉が飛び出す。


お前は無理をしすぎだ。


女があの場にいるなんて、無茶な話だ。


それなのに、なんでお前は……死ぬかもしれないのに戦い続けた?




「私は……途中で逃げたくなかったの」




そんな俺の中の疑問に答えるように、小松はその言葉を発する。




「──今まで言ってなかったけど、私の両親は、忍に殺されたの」




それを聞いた途端、俺の心臓が早鐘を打つ。


思わず、小松の体を離していた。


……覚えてるのか?




「どこの忍が殺したか、分からない。だから私は……強くなって、日本一の忍になって、そいつらを突き止めて……復讐したいの」


「小松……」


「それからね、山崎。私は……汚れている。今まで、たくさんの人をこの手で殺した。復讐したい……強くなりたい一心で」


「……」


「……私に逃げる事なんか許されないの。そんな甘い事考えていたら、復讐なんか出来ないでしょ?」







小松が、どこからどこまでを覚えていて、何を忘れているのかが分からなくなった。


だが──確実に、俺の親に恨みを持っているのは事実だということは、分かった。


俺の両親は、もう存在していない。


それなら……




「お前ならなれる。強くなって……その忍を倒せ」


「……うん…」


「だが、無理はするな」




小松の復讐相手は、必然的に俺となるのだろう。


それでも、俺は自分から言えなかった。


小松の親を殺したのは俺の親なのだ、と。


……どこかで怖がっていたのかもしれない。


考えてはいけないことを、心のどこかでは思っていたのかもしれない。


小松に離れてほしくないと。


自分も離れたくないと。


小松の側にいることが、小松に優しくすることが、いけないのだと分かっているのに……そうせずにはいられなかった。


それでも、自分の本当の気持ちは押し殺し、心の隅へと追いやっていった──。





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それから、小松の処遇が変わった。


監察方から、女中に。


これは俺も考えてもいなかった展開だった。


しかし……副長や局長が決めたことだから、反論をすることはできない。


俺も決めたのだから、この新選組に尽くしたいと。


副長たちが池田屋にたどり着いたとき、斬り捨てから捕縛へと戦略が切り替わったのだ。


それから、新選組がただの人斬りではないことが分かった。


そして、この事件がきっかけで、もうほとんどの隊士が小松を信頼したということだは、事実だった。


俺も、自分の居場所を作ってくれた副長に尽くしたいと思うようになっていた。


そして、小松が監察から抜けた日々が続く。


いつもは小松と仕事をやっていたが、今は違う。


あいつの存在が、いかに監察に貢献していたか、今になって分かった。


小松の本心は、監察で仕事をし、忍の腕も上げたいということだと思う。


これが今の小松にとっては最善の道なのだろうか。


副長は一体……何を考えて、このような処置を取ったのだろう。







さらに時は過ぎ、後に禁門の変と呼ばれる政変が起こった。


長州藩が、京の町に火を放ったのだ。


京都守護職松平容保らの排除、という長州の陰謀が火種となって起こった激しい市街戦。


火は家から家へと燃え移り、京は炎に包まれ、多くの死者を出した。


激しい戦闘の後、長州藩は敗北、幕府は圧倒的勝利を収めた。


その後、長州藩は“朝敵”という汚名を付けられ、天皇の敵となってしまう。


そして日本の歴史が流れている一方で、新撰組も行動を起こしていた。


局長を始め、藤堂さん、そして永倉さん他十数名が江戸へ向かい隊士の募集を始めたのだ。


俺や小松、副長は屯所で待機。


そして入隊したのは、伊東甲子太郎を筆頭とした人達。


これにより、新撰組に亀裂が生じるのではないかと、些か不安を覚えた。





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「ねぇ山崎……私、本気であの人のとこ行かなきゃかな?」




そして、伊東さん達が入隊してから数日後。


学問など、様々な物において優れていて、さらに人柄まで良い伊東さんを、局長は大層気に入ったらしい。


そこで伊東さんの歓迎会を開くことになったのだが、小松が何だか浮かない様子だった。


副長に、伊東さんの酌をしろと頼まれたらしい。




「……まぁ、副長が言った事だから仕方ないだろ」


「ほっ、本気で?」




俺の見る限り、伊東さんには裏がある可能性がある。


だから、本当は行ってほしくないのだが……。






「私、お酌なんか上手じゃないよ?」


「……伊東さんの気を悪くさせたくないという事もあるだろ。早く行け」




そう言うと、小松はさらに不機嫌そうな顔をする。


ちらりと遠くを見ると、そこには笑顔で酒を飲む伊東さんがいた。


別に小松が行かなくても楽しそうに見えるのだが……。


副長の命令に背くわけにはいかない。




「小松」


「ん?何?」


「……何かあったら、すぐに戻ってこい」


「……?うん、分かった……」




小松は、渋々といった様子で伊東さんの元へ向かった。






このとき俺は、大きな間違いを犯した──。


小松を伊東さんの所へ行かせたこと。


それにより、小松が伊東さんに接吻されたこと……。


……自分は、監察なのに。


自分の気持ちを、表に出してはいけないのに。


自分の想いに、蓋をしたはずなのに……何故、俺も小松に接吻してしまった?


“すまない”と小松に謝ってから、逃げるように自室に戻ると、俺は拳を壁にぶつけた。




「くっ……」




沈めることができなかった。


怒りを、悲しみを……あの、想いを。


あんな過去さえ、なければ。


自分の気持ちに素直になれることが出来たのだろうか?


鈍い音を立て、もう一度壁にぶつける。


伊東さんに向けての怒りを。


そして……自分に対しての、怒りを。




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「──いたたたっ!」


「我慢しろ」




それから数日経つと、小松は深い傷を負って帰ってきた。


藤堂さんの話によると、酔っていた不逞浪士に斬られたらしい。


……それも、背中に。


小松流の忍が、背を斬られたのだ。


医学を心得ている俺は、止血法などを知っていて、小松の深い傷から流れる血を何とか止めたが……。


小松は、敵の気配が分からなかったのだろうか。


何故、背中を……。


最初に俺達が戦ったときは、小松からただならぬ殺気が感じ取れ、あいつだって気配に敏感であるはず。


隙などないはずだ。


それなのに、小松は隙を見せるほどまで、急激に弱くなっていた。