それから、芳乃を連れて屯所に帰り、土蔵に入れた。
せっかく再会したというのに、手を縛ったりとかそんな扱いをしなければならなくて……辛かった。
……仕事に集中しなければならない。
気が乱れそうになる度に、ぐっと拳を握りしめて耐えた。
だが、この日で分かったこと。
それは──…芳乃は、自分のことを覚えていないということだ。
……その夜は、あまり眠れなかった。
もしも夢であるならば、目覚めてほしくない……と。
だが瞼は言うことを聞いてくれず、仕事の疲れからかあっさりと夢の中に落ちてしまった。
日の光で目を覚ませば、いつもの朝。
しばらくぼんやりと宙を見つめたが、はっとして、急いで土蔵に向かった。
そこには、小さく体を丸めて寝ている芳乃の姿。
縛っていた縄は、解かれている。
夢ではなかったのだとほっとする反面、縄を解かれたことから、小松流もかなり強くなったのだと思い知らされた。
しかし、芳乃は今までどこにいたのだろうか?
肝心なそれが分からず、それ以前に、副長の質問に対する芳乃の答えの中には聞いたこともない言葉が含まれていた。
そのような言葉を使う芳乃に対し、副長は苛立ち始める。
実際、芳乃も、俺達には分からないような戸惑いを感じているようだった。
そう、俺達には分からないこと、理解できないようなことをこいつは抱えている。
それが、芳乃や小松家が消え、両親からは記憶までも取り除いた原因を解く鍵となるのでは、と思った。
「貴方達は新撰組なんですか?」
「さっきも言っただろう」
「本物の、新撰組なんですか……?」
「本物じゃなかったら他に何だってんだよ。お前な、さっきからふざけるのも大概にしろ」
芳乃は副長に何度も念を押すように確かめると、だんだん顔を歪ませていった。
「あの……すみません、少し考えさせて下さい」
「あ?何でだ。今すぐ言えねぇのか?」
「じゃなくて、あの……」
芳乃が戸惑っているのは明らかだった。
だから……本来であれば、俺は口を挟める身ではないのだが、気付いたら言葉を発していた。
「副長。こいつは今、何らかの理由で混乱しているのだと思います。少し落ち着かせてから、もう一度聞き直しませんか」
「あ?だがな、山崎……」
「それに、まだこいつの情報も全く集まっていません。資料が揃った上で尋問をするのが妥当かと思います」
そうなのだ。
芳乃は確かに生きている……どこにも、消えてなどいないのだ。
だから、何かしらの情報は出てくるはずだ。
それに芳乃本人がいるのだから、直接聞くのもいいかもしれない。
俺の意見に、局長と副長は賛成してくれ、芳乃を連れ再び土蔵へと行った。
──
───
────
「小松家は、まだ存在していたのか」
土蔵に戻ると、俺は唐突にそのような質問をしてしまった。
やはり気になったのだ。
小松家は、俺の両親に倒されてもなお、陰では鍛え続けていたのか、と。
「え……?」
だが芳乃は、戸惑いの色を表情に現す。
すぐに、俺は首を振った。
「……いや、何でもない。今のは忘れろ」
──芳乃。
何故、そんなに悲しそうな顔をしている?
何故泣きそうになっている?
お前は……何を、その小さな体に抱えている?
俺は、如何なる理由であったとしても、お前を受け止める。
だから……
「どこから来たのか、ちゃんと答えてみろ。証拠次第では信じる」
いいや、証拠などなくても。
お前が俺を忘れているとしても、信じる──。
やがて芳乃の口から出たのは、本当に、非現実的な言葉であった。
「私は……未来から来たの」
俺の中で、時が止まった。
“未来”
それは想像もできない場所。
……どういうことだ?
芳乃は、この時代の人間であるはずなのに。
それ以前に、どうすれば時空移動などできるのだろうか?
そこまで考え、はっとして、俺はそれらの疑問を打ち払った。
決めたばかりなのだから、芳乃を信じると。
如何なる理由であっても、だ。
「そう、か……」
十年前に見た光と、つい昨日見た光は一致する。
もしも、本当に時空移動をしたならば、その光が過去と未来を繋ぐということか?
芳乃はこの時代から未来へと飛んだ。
そして、必然的に、この時代の人間ではなくなった。
だから両親達からは、芳乃や小松家の記憶が消されてしまった──。
今は、何らかの理由があって、またこの時代に来た。
そうすれば、辻褄が合う。
「本当なのか、未来から来たというのは」
「私だって、これが嘘だと思いたいよ……早く元の時代に帰りたい」
そう泣きそうに言った芳乃の表情から、これは嘘などではないと確信した。
あの過去は、確実に存在している。
だが、なかったことにされている。
芳乃は……もう、未来の人間。
すなわち、俺達は“初対面”。
──好きだ、芳乃。
だが、もう俺からは伝えられない。
お前が未来の人間になったとしても、俺の記憶には、確実にあの過去が植え付けられている。
あの過去は確実に存在したのだから。
俺の記憶には鮮明に残っている、それが証拠だ。
俺は殺していない、それでも、小松家を殺したのは紛れもなく山崎家。
俺達は、敵。
……だが、芳乃から俺の存在の記憶が消えているならば。
俺の中からも、消してしまえばいい。
芳乃……いや、小松。
俺はお前への感情を、また一からやり直すことにするから。
お前の命と笑顔を守りたい……だが、それすらも許されないかもしれない。
敵であるのに、こんなの矛盾しているかもしれない。
それでも……守りたい。
だが、もう好きにはならない。
なってはいけない。
それ以上は望まない、望めない。
「俺は山崎烝だ。新撰組監察方をやっている」
「私は……さっきも言ったけど、小松芳乃」
だから、この想いに蓋をしよう──。
それから小松のことを調べたが、何一つ情報は出てこなかった。
……それが、未来から来たという事実を証明していることは明らかであった。
小松はこの時代の人間。
だが、一度未来に行き、また戻ってきた。
俺の調べにより、それは明確にされたのだ。
しかし、それでも局長と副長は疑り深かった。
小松が、未来から来た証拠を見せても、俺が調べたことをそのまま述べても。
局長と副長たけではない、その他の幹部の人達も、小松を信じる者は誰一人としていなかった。
そう、それは根本的なこと。
時空移動など有り得ない。
如何なる理由があったとしても、そんなこと、起こるはずがない。
本来であれば、本当のことを言うまで副長が拷問などをする。
が、相手は女だ。
いくら副長でも、そんなこと出来るはずがなかった。
だから局長は、このような案を出してきた。
“自分達が信じていると、見せかけよう。小松さんの行動をそれぞれ見て、嘘か本当か見分けよう”と。
その意見に反対する者は、一人もいなかった。
──
───
────
そして、それらのことを近藤さんの口から小松に知らせた。
小松は当然、驚いたような表情をしていた。
まさか、時空移動など信じてもらえるわけないと思っていたのだろう。
だが実際は信じていない。
──俺以外は。
しかし、俺は監察方。
的確な情報を局長達に知らせるのが、主な仕事だ。
俺は、そんな感情を表に出してはいけないのだ。
そのようなことをすれば、新撰組にも影響が出ることは明白だった。
そんなある日のことだった。
「……山崎さん、ちょっといいですか」
外の監視を終え、部屋に戻ると、障子の前に沖田さんが立っていた。
待ち構えていたのだろうか。
俺に話があるのは副長や局長くらいしかおらず、これは珍しい展開だった。
だが沖田さんのこの様子だと、監視ばかりの俺が時間が空くのを見計らっていたようだった。