序章
-遠い昔の記憶-
忘れられると思っていた
だが
そんなの、不可能だった
初恋の相手は
気が付いた時には消えていた
“会いたい”と願っても
姿は見えず
過去は消せず
俺の前に広がっていたのは
永遠の闇だった
──俺の心は
もうまるで、涙の雫しかなかった
──
───
────
《山崎烝 五歳》
その日──……。
「烝。お前は山崎家の跡取りだ」
そう父上に言われ、僕の心臓が跳ね上がった。
……僕の父上は、忍だ。
父上が誰かと戦っているのは一度も見た事がない。
だけど、たまに、家の庭で“苦無”と言う黒くて鋭い武器を投げて、特訓している。
忍装束を着て、苦無を持って。
それを的に命中させる……。
そんな父上を、素直にかっこいいと思った。
僕は変わり者だと思う。
だって、そこら辺で遊んでいる男の子達は、
“自分は武士になりたい”って言っている子ばかりだから。
だけど僕は……。
たくさん特訓をして、父上のような強い忍になる。
それが、僕の夢。
だから父上にそんな事を言われて、驚いたんだ。
忍は、今の僕にはまだ遠い存在で……本当に、父上のようになれるのか、と。
驚きと同時に、歓喜に満ち溢れるのが分かった。
「……僕が、山崎家の跡取りですか?」
「あぁ、もちろんだ。……烝、強くなれ」
“強くなれ”
それが、父上の口癖だった。
そう言いながら、くしゃくしゃと僕の頭を撫でて、にかっと笑う。
「僕……父上みたいに、強くなれるでしょうか?」
「そうだな。だが、山崎家の跡取りは、心身共に強くないと務まらない」
父上は、僕の誇りだ。
ただ純粋に、かっこいい。
そう思っていた。
「はい。頑張ってみます」
だから僕は、あの日の晩に決めたんだ。
父上のような強い忍になる、と。
──忍がどんな存在であるのかも、まだ知らずに。
あの、苦無を投げる練習の意味も。
“父上のような忍になりたい”
そんな考えは、あの事件を堺に、脆く砕け散っていった。
──
───
────
それから、忍としての特訓が続いた。
だけど、外で実戦をやる事は許されなかった。
……それが、まだ自分の実力が足りないという事は、容易に理解出来た。
そして……
そんな日々が、五年も続いたのだ。
俺は、十歳になり、苦無もまともに投げれるようになった。
父上のように、的のど真ん中に……。
山崎流の忍の者は、荒々しく戦いつつも、闇に紛れる。
しかし、それとは真逆の戦い方があった。
それは……
「──そろそろ、小松家を倒さないか」
小さな動きで的確に相手を狙う。
しかし闇に紛れるのは、どこの忍も同じ……。
そして、その戦いで日本一の忍達。
それが小松家だった。
小松家を倒そうとしている父上と母上の話を、俺は聞いてしまった。
……小松家を倒す?
それは……どういう意味なのだろう。
その時の俺にはよく理解出来なかった。
「小松家を倒せば、山崎家が日本一となる」
父上の言葉が、理解出来なかった。
「今夜だ。今夜……決行する」
……だから、それが何を意味するのか確かめたくて。
本当に、父上が戦っている所を見てみたいという、好奇心だった。
父上と母上、そして、他数名の仲間。
彼らが夜動き出した時、俺は、そのあとを付けて行った──。
──
───
────
父上達が向かっていたのは、とある家であった。
そこの家の表札に書いてある、“小松”という文字。
その門を越えていく父上達を、俺は木陰からじっと見つめていた。
“日本一になる為に小松家を倒す”
確かに、山崎家の忍が日本一になるのは、凄いことだ。
──だけど、小松家を倒す、という意味はどういう事なのだろう。
これから何が起こるのだろう?
疑問に思いながら空を見上げると、広がっている無数の星。
そして、輝いている三日月……。
手を伸ばせば、すぐにでも掴めそうだ。
視線を元に戻すと、父上達はもう、完全に中に入っていた。
俺も、こそこそと門に近付いていく。